奇跡の雪
リューネは昔から、私が"聖なる力"を使い過ぎて命を枯らすことを酷く恐れているから。
手元に触れた、彼の鼻先を撫でる。
責めるつもりはない。
私を守るための判断だったのだと、言われずとも分かるから。
「教えてくれたということは、使ってもいいのよね?」
「……今のそなたなら、うまく扱えるだろう。過度な祈りを制止する者もいれば、共に"浄化"を担う協力者もいるのだからな。それに、そなたがその身を粗末に扱えば大きな混乱が生じると、今のそなたならば理解出来ているだろう?」
「そうね。私も随分と幸せ者になったものだわ」
ただ、復讐のためにしてきたことばかりだったのに。
まさかこんなにも多くの愛情を受け取れることになるとは、思いもしなかった。
苦笑を零して、黙ったまま待つシルクとルクシオールを振り返る。
「リューネが聖女ネシェリの使った"治癒"のやり方を教えてくれたの。うまくいくかは分からないけれど、やってみるわ」
「治癒って……よくわかんねーけど、その力を使って大丈夫なのか? ミーシャ」
「ええ、"浄化"と同じく加減が必要だけれどね」
両手を組み、祈りの体制をとろうとした刹那。
「ミーシャ様……っ!」
祈りを制止するようにして、ルクシオールが私の両手をその手で掴んだ。
焦燥を浮かべた瞳に、「ルクシオール様?」と戸惑いの声をあげると、
「あ……申し訳ありません」
ルクシオールははっとしたようにして手を放し、
「先ほど"浄化"を終えたばかりです。これ以上"聖なる力"を使用しては、ミーシャ様のお身体に障るのでは?」
「……ルクシオール様のご尽力のおかげで、まだ余裕がありますわ。自身の限界は把握しておりますので、ご心配には及びません」
「そうでしたか。差し出がましいことをしました」
胸元に手を添え、恭しく頭を垂れるルクシオールに、微かな違和感。
その理由に思考を巡らせる前に、ルクシオールが口を開く。
「ネシェリ様と同じ方法とは、精霊を介した"治癒"ですか?」
「! なぜ、それを?」
「聖女ネシェリ様に関する記録の多くは、神殿に保管されています。閲覧には制限がありますが、大神官はどの書物も閲覧が可能なのです」
「……その中に、記録が?」
「明確な表記ではありませんでしたが、精霊に関する知識のある者ならば思い当たるのではないかと」
ミーシャ様、とルクシオールは頬を引き締めて、
「精霊に願う前に、祝福の範囲を定められたほうがよろしいかと。精霊は良くも悪くも純真な生き物です。ミーシャ様の願いに応えようと必要以上の祝福を送ってこられたなら、その集約のため強制的に"聖なる力"を引き出されてしまいます」
(祝福の、範囲)
「間違っても、皆の全快を願ってはいけません」
(心配してくれているのね)
「ご忠告、感謝します。ルクシオール様」
ようはむやみに"祝福"を求めるのではなく、こちらの具体的な要望を伝える必要があるってことね。
(聖女の知識に明るいルクシオールが味方でよかったわ。知らなければ、それこそ倒れる事態になっていたかもしれない)
――けれど。
(いくら一度目の私が殿下以外に興味がなかったとはいえ、大神官であるルクシオールの行動を覚えていないのは妙だわ)
今の私にこれだけ手を貸してくれているのだから、前回ではアメリアに好意的だったはず。
立場上、多くの行動を共にしていたでしょうに。
まるで靄がかかっているように、はっきりと覚えているのは初めて挨拶を交わした彼の姿だけ。
(一度目では、あまり表立ってアメリアを支援していたわけではなかったのかしら)
今のルクシオールが私に協力的なのも、"聖女の巫女"としての能力を見抜かれてしまったからだし。
そもそも力を持たないアメリアでは確信が持てず、"審判の日"まで様子見を決めてこんでいたとか?
中立的だったから、彼は一度目でも"優しかった"気がしているのかしら。
(ともかく、ルクシオールの件は後ね)
精霊たちに願う"祝福"は、もう決まっている。
再び両手を胸の前で組み合わせ、神経を研ぎ澄ます。
"浄化"の時は対象である"穢れ"に意識を集中させていたけれど、今回は声を届けたい精霊たちに繋がるよう願う。
(聖女ネシェリの加護のもとに集いし、精霊たちよ。どうかその奇跡の力を、少しだけ私に分け与えて)
私は生粋の"聖女"ではないから、全てを他者のために投げだすなんて選択はしない。
この身がなければ、復讐は叶わないのだから。
(私が願うのは、この地で苦しんでいる人々が今よりも一歩好転する、ささやかな奇跡……!)
"聖なる力"に願いを込めた、次の瞬間。
「これは……っ!」
そう、声を上げたのはシルクだったか、ルクシオールだったか。
その晩、村には淡く光りを帯びた、奇跡の雪が降った。
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