聖女の治癒能力
「よく、耐えてくださいました。ミーシャ様」
褒めるようにして微笑むルクシオールに、シルクが「ホント、俺一人じゃ止められたかわからないし、ルクシオール様がいてくださって良かったよ」とワザとらしく肩を上下する。
ルベルト殿下とオルガがこの村を去って、早三日。
私は相変わらずユフェの家で世話になりながら、日中は治療小屋や炊き出しに顔を出し、騎士たちの手伝いをしながら村人と言葉を交わしている。
というのも、懸念因子だった二人が首都へと戻ったのをこれ幸いと、一気に"浄化"を進めるつもりだったのだけれど。
シルクとルクシオールに、"絶対にダメだ"と止められてしまった。
「焦る気持ちは理解しますが、こうした小さな積み重ねが取り返しのつかない結果を招くことになります。もどかしいでしょうが、このまま僕と共に無理のない"浄化"を進めていくべきかと」
「ミーシャの体調が悪くなるってわかってて、協力なんて出来るワケないだろ? それに、ミーシャが倒れたら即座に報告されて、殿下とオルガ様が飛んでくるぞ」
(……否定できないわね)
そうして大人しくルクシオールと"無理のない浄化"を進めてきたけれど、この夜でやっと村に蔓延した"穢れ"のほとんどを浄化し終えた。
緑のじゃがいもを廃棄してから新たな"穢れ"の発生も減ったことだし、残りはこのまま自然と消滅するのを待ってもよさそうね。
「……殿下のいない皇家の領地にあまり長居をしていては、社交界の餌食ね。私もそろそろ……明日にでも荷物をまとめて、家に戻ることにするわ」
ちなみにアメリアは殿下が皇城に戻られた後、療養を口実にひと足早く首都へ戻った。
無理もないわ。そもそもアメリアは"浄化"の力もなければ、この地の平穏を願っているわけではないもの。
目的の殿下がいなくなり、村人の羨望もすっかり私に向いているとなっては、留まる理由などないわよね。
(外に出れば村人に感謝を告げられ、ヴォルフをはじめとする騎士からも忠義を捧げられる私の姿なんて、みたくはないでしょうし)
「ルクシオール様は、いかがなさいますの?」
「僕はもう少しこの地に留まります。"穢れ"の脅威はなくなりましたが、体調が回復しない方も、強く心を痛めてしまった方も多いですから」
(大神官として祈りを捧げ、彼らの話を聞くのね)
"浄化"も含め、休む暇もなく傷ついた人々に寄り添い続けているルクシオールは、かなりの信頼を得たようだし。
日中に派遣されてくる神官も献身的な人ばかりだから、村人たちにとっても心強いに違いないわ。
(患者も回復に向かう人が増えたようだけれど、やっぱり、簡単には全快しないしないものね)
一時的に騎士や調査団を取りまとめながら殿下との連絡役も担っているヴォルフ卿の話では、緑のじゃがいもからは芽と同じ毒性が確認できたと言っていた。
それも、ものによっては芽よりも強力な毒性だったと。
(思い出すのが、もっと早ければ)
あるいは、聖女ネシェリのように"治癒"の力があれば、未だ先の見えない苦痛に耐える人々を癒せるのに。
ユフェにだって、お母様を返してあげられる。
悔しさにぎゅっと手を握り込めた。刹那。
「――方法は、ある」
「! リューネ」
夜空を背にふわりと現れたその名を呼ぶと、シルクとルクシオールは緊張に頬を引き結んだ。
彼らにリューネの姿は見えないけれど、神聖な存在である精霊に敬意を払っているよう。
ちらりと横目で周囲を伺ったリューネは、ふさりと尻尾を揺らし、
「降り立つのは久しいが、随分と息がしやすくなったものだ」
「そうでしょ? ところで、さっき"方法はある"って……聖女ネシェリと同じく"治癒"の力を使う方法があるってこと?」
リューネはじっと私を見つめ、
「そもそも、前提が間違っている。聖女ネシェリに、治癒能力はない」
「なんですって……? 聖女ネシェリにまつわるどの書物にも、彼女は"治癒"の力を使ったと書かれているのよ?」
「確かに、治癒を行っていた。だがそれは"聖女ネシェリ"の能力ではない。あるだろう? "聖女"だけが呼び起こせる、病の治癒など生命力の回復を行える"力"が」
「……っ、まさか、精霊の祝福……!?」
この国の精霊は、聖女ネシェリとの結びつきが深い存在。
だから、彼らの力を借りて"治癒"を行っていたと?
「でも、それならどうしてこれまでの"聖女の巫女"は、"治癒"を行えなかったの? 精霊に祝福を願うのなら、誰にだって……」
「精霊とは気まぐれな存在だ。いくら"聖女の巫女"とはいえ、ネシェリではない人間の呼びかけに応えるのは稀だ。気まぐれに"祝福"を与えることもあるが、主導権は"聖女の巫女"ではなく精霊自身にある。確実性のない"奇跡"では、出来ないと同義だろう」
「……なら、私が祈ったところで応えてもらえるかどうかも、運次第なのね」
「それは違う。ミーシャが願えば、よほどの事態が起きない限りは"精霊の祝福"を得られるはずだ」
「なぜ?」
「多くの精霊の"祝福"を受け回帰したそなたの魂は、私と結びついている。精霊は同族に好意的だ。加えて今世で受けた"祝福"によって、より精霊の気配が濃くなっている。そなたが祈れば、精霊たちは手を貸すだろう」
だが、と。リューネは私の手元に鼻先を寄せ、
「精霊に祈りを届け、その"祝福"を集約するにも"聖なる力"を使う。"浄化"と同様、対象が大きければ大きいほど、そなたへの反動も大きくなる。繰り返すほどに生命力を削っていくのも同様だ」
(だから今まで、黙っていたのね)
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