私はあなたの婚約者候補ですから
「ミーシャ、あった、あったぞ……!」
ぜえぜえと肩を上下させながら、オルガが握りしめていたそれを差し出す。
驚愕を発したのは殿下だった。
「緑のじゃがいも……っ」
すると、ユフェもまた必死に息を整えながら、
「ミーシャ様のおっしゃった通りでしたです……っ! 畑に、収穫されたじゃがいもが転がっていて、緑の色をしたものがいくつも混ざっていましたです……!」
(やっぱりね)
私は二人に礼を告げてから、「これは推測の域を出ませんが」と殿下に向き直る。
「始まりは、壊れた穀物庫の屋根を修理している間に、保存していたじゃがいもが陽を受けたことで変色したのではないかと。緑の色が毒の証など知る者はいませんから、そのまま配られ食したのでしょう」
そして、と私はオルガから緑色のじゃがいもを受け取り、
「本来ならば、獣害などを警戒し、収穫した作物はその日のうちに適切な場所へ運ばれます。ですが体調不良者が増え、畑仕事も人手不足に陥ったのでしょう。とはいえ収穫を遅らせては、次の畑作りに影響が出ます。ですので可能な限り収穫を進め、穀物庫への運搬を後回しにしていたのではないかと」
「……その間に陽を受け、変色するものが出たということか」
私は「おそらくは」と首肯し、
「皇家へ納める野菜は、採れたての新鮮なものと定められていると伺いました。殿下をはじめとする屋敷の者が無事だったのは、この取り決めが守られている証ですわ。屋敷を出た私も無事だったのは、殿下が"贈り物"として分け与えてくださった食材を使用していたからだと思われます」
「……エルバード!」
殿下の張り詰めた声に、エルバードが「は」と低頭する。
「話は聞いていたな。急ぎこの緑のじゃがいもを調査団に調べさせろ。ミーシャ嬢の功績であると伝えるのを忘れるな。俺は屋敷に戻り、父上に早馬を出す」
「承知しました」
エルバードは殿下から緑のじゃがいもを受け取ると、馬に飛び乗り駆けていった。
殿下は彼の馬の手綱を拾い上げると、
「すまない、ミーシャ嬢。礼の限りを尽くすべきなのだが、今は――」
「承知しておりますわ、殿下」
私はにこりと笑み、スカートを摘まみ上げて軽く膝を折る。
「お行きくださいませ。礼ならば、私の"推測"が真実となり、殿下が夜空の星を慈しめるようになりました時にお受けいたしますわ。……民のために尽力なされるお方の"婚約者候補"であることを、誇りに思っております」
ルビーレッドの瞳が、虚を突かれたように見開かれた。
けれどもすぐに柔く細まり、
「……本当にあなたは、俺を翻弄するのが上手い」
「でん――っ!?」
ぐいと腕を引き寄せられたとほぼ同時に、額に柔い感触。
眼前に迫った首元が離れ、「ミーシャ嬢」と囁く声に見上げた途端に飛び込んできた苦笑に、私は今、額にキスを受けたのだと。
「無礼を働いたのは俺だ。殴って構わない」
「な……っ!? こ、これしきのことで殴りなどしませんわ……!」
「……"これしきのこと"、か。相手が俺だからこその判断だと願うばかりだが」
「え……?」
戸惑いに見上げると、殿下がすいと顔を寄せてきた。
思わず硬直した私に薄く笑み、耳元で低い声が囁く。
「約束してほしい。俺が行くまで、他の男の誘いは全て断ると」
「!?」
脳裏に、殿下は私に届く求婚を承知していると言ったオルガの姿が浮かぶ。
(まさか、気にしているの?)
「殿下、何か勘違いをされているようですが」
半歩を引いて距離を取り、殿下と視線を合わせその頬にそっと片手をあてる。
「私は、"殿下の"婚約者候補ですわ」
「――そうか」
ふわり、と綻んだ顔は心底嬉し気で、見つめる瞳は言葉なくとも愛おしさを語っている。
(ずるいわ、そんな顔)
理性とは裏腹に胸中で暴れまわる心臓を必死に宥めつつ、殿下の頬から手を退く。
と、完全に離れる前に彼に掴まり、ちゅ、と掌をくすぐる唇に思わず「ん」と声が漏れた。
「離れがたいが……これ以上は、よくないな」
私の手を解放した殿下が、一息の間に馬に乗り上げる。
「近いうちに、俺は皇城に戻らねばならないはずだ。屋敷に戻るでも今の家に留まるでも、この村には好きなだけいてくれて構わない。首都に戻るときは、必ずヴォルフに同行させてくれ」
「っ、承知しましたわ。殿下も、どうかご無理はなさいませんよう」
殿下は双眸を細めて笑み、
「……見送りが出来ず残念だ」
その言葉を最後にして、殿下もまた馬を走らせた。
(……頷いてはくれなかったわね)
きっと彼は、これからその才を存分に振るうのだろう。
それこそ、寝る間もなく。
(……正式な"婚約者"だったのなら、手伝うことも出来たのかしら)
いいえ、考えるだけ無駄ね。
これ以上の被害を食い止めるのは殿下にお任せして、私は私の出来ることをするべきだわ。
「――お兄様」
「はっ、早まるなミーシャ! まだ時間はある。本当に殿下と正式な婚約を結んでも良いか、家に戻ってじっくり考えてからでも――」
「なんのお話ですか? それよりも、お兄様も急ぎ緑のじゃがいもを廃棄するよう、ロレンツ公爵家の領地に文を出してくださいませ。仮に原因が他にあったとしても、万が一に備えることで救われる者もいるはずですわ」
オルガは一瞬、虚を突かれたような顔をしてから、
「そうだな! 本邸の食材も見直すべきだろう。すまない、ミーシャ。俺は今すぐ本邸に戻る。何かあれば殿下の屋敷から早馬を送ってくれ。殿下も理解くださるはずだ」
「お約束いたしますわ。ロレンツ家の領地民のこと、よろしくお願いいたします」
「ああ、任せておけ!」
(これでロレンツ公爵家の方は、なんとかなりそうね)
それに、ルベルト殿下にオルガ。
二人の"目"が離れた。
(これで、一気に"浄化"を進められるわ)
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!




