緑の悪魔の正体
違和感にピタリと口を閉ざした私は、笑みも忘れて思考の底を探る。
「……ユフェ、穀物庫の屋根が壊れたのって、体調不良者が出る前だったのじゃないかしら」
「へ? あ、はい! おっしゃる通りで、あの頃はまだいつも通りの村でしたです」
「村長に聞いた話だと、じゃがいもの収穫が多くなると、穀物庫で保管していたじゃがいもを村人に配るのよね?」
「はいです。ありがたいことに、殿下がそう取り決めてくださったと聞いていますです。元は飢えを凌ぐためが目的だったからと」
(やっぱり……!)
うっすらと霞んでいた疑惑が、確信に変わる。
私は急ぎ「ヴォルフ卿!」と声を荒げ、
「ルベルト殿下のもとへ向かい、じゃがいもを食べないよう急ぎ村中に禁止令を発するよう頼んでください! 理由は後でお話すると」
「承知いたしました! お任せくだされ」
軽く頭を下げて、ヴォルフ卿が家を飛び出していく。
私は「シルク」と視線を移し、
「私と一緒に来てちょうだい。村長の所へ行って、穀物庫を見せてもらうわよ」
「わかった」
「ユフェとお兄様は、じゃがいもの収穫をしている畑へ向かっていただけますか。探してきてほしいものがありますの。それは――」
***
「ミーシャ嬢……!」
「! 殿下」
穀物庫の前に止めた馬から飛び降り、殿下が駆け寄ってくる。
同じく地に降り立ったエルバードが殿下に代わり、彼の馬の手綱を掴んだ。
私の眼前で足を止めた殿下は、大きく肩を上下させながら、
「ヴォルフから話は聞いた。今、じゃがいもを食べないようにと、村中を騎士たちと共に駆けてもらっている」
私はほっと胸を撫で下ろし、
「理由も告げられないままでしたのに、信用してくださりありがとうございます、殿下」
「他ならない、ミーシャ嬢からの言伝だからな。あなたは理由もなく場を混乱させるようなことはしないと、よく知っている」
(……本当に、信用してくれているのね)
「それで、何か分かったのか。まさか、原因はじゃがいもなのか?」
「ええ、その"まさか"の可能性が高いかと」
首肯した私に、殿下は「だが」と戸惑ったようにして、
「毒性のある芽は必ず取り除くよう、周知している。それに、この村のじゃがいもは俺達も口にしているが、異変の出た者はいない」
「順にお話させてくださいませ、殿下。まず、毒性を持つのは"芽"だけではないのです」
シルク、と声をかけると、側に控えていた彼が即座にじゃがいもを手渡してくれる。
つい先ほど、私とシルクが穀物庫から持ち出したものを。
「こちらを」
不可解そうにしつつも、殿下がじゃがいもを受け取る。
無理もないわ。だって殿下は、知らないのだから。
「全体的に緑がかっていますのが分かりますでしょうか。このじゃがいもは、"毒"ですわ」
「な……っ!?」
「おそらく、切ったなら中も緑に変色しているかと。通常のじゃがいもは薄い黄の色をしておりますので、双方を比べましたらより差がはっきりとするはずですわ」
屋根が壊れたのです、殿下。
私は穀物庫を見上げ、
「穀物庫が破損したのは、体調不良者が出る前だと聞きました。そしてこの村ではじゃがいもの収穫が多くなると、穀物庫に保存していたものを村人に配るよう殿下からご配慮いただいているのだと。おそらくは、この二つが不幸な形で結び付いてしまったのが発端だと思われますわ」
衝撃に硬直しながらも聞き入る殿下へと視線を戻し、
「以前、他国から持ち込まれた何かの書物で読んだのを思い出しましたわ。"悪魔の植物"を口にした船乗りが、中毒症状を引き起こしたのだと。地中で眠る"悪魔の植物"は太陽を嫌う。その身に光を受けると、"緑の悪魔"となる。……この記述を目にした頃は、芽の毒のことだと気に留めておりませんでした。ですがおそらくは……殿下の持つそれが、本当の"緑の悪魔"なのではないかと」
もちろん、この話は"他国の書物"に記された内容ではない。一度目で後に明らかとなった事実に基づいた、作り話。
皇太子殿下相手に嘘を並べ立てるなど、そうと知られれば処罰は免れない蛮行なのは承知の上。
それでも、伝えなくてはいけない
――村人全員に中毒症状あり。死者多数。
それが、一度目の時にこの村が迎えた結末だった。
(あの時の私はただ、殿下の帰りを心待ちにしているばかりだったわよね)
何が起きているのかなど知ろうともせず、時折耳に届くこの地の悲惨な状況にも、微塵も興味を持たず。
どころかやっとのことで殿下が皇城に戻られた時には、これでお茶会が再開すると身勝手に喜んだ。
だからこれは、あの時の彼らへの贖罪。
(なんとしても、殿下に信じてもらわなきゃ)
殿下は私の言葉を整理しているよう。
手元のじゃがいもに視線を落とし、
「……陽にあたり伸びた芽の色ではなく、この"緑"が」
「――ミーシャ!」
「ミーシャ様!」
声に顔を跳ね向けると、オルガとユフェが駆けてくるのが見えた。
ユフェは殿下の姿に気が付くと、一瞬、戸惑ったようにして速度を落とした。けれど何かを覚悟したような強い瞳で、再びしっかりと向かってきてくれる。
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