一度は愛した、憎い彼
本来、ドレスの仕立てには時間がかかる。
今回の私も当然、回帰前にすでにこの日のためのドレスを注文していた。
ルベルト殿下の瞳と同じ、ルビーレッドのドレス。
胸元と裾には殿下の髪の色を意識したコバルトブルーの宝石をあしらった、徹底ぶり。
(一度目の私は、あのドレスを着てファーストダンスを踊ったのよね)
彼の色を纏い、一番手の婚約者候補になる。そんな特別なひとときに酔いしれていた。
その光景が、アメリアの計画に手を貸すことになっているだなんて、夢にも思わずに。
(今回は、あのドレスを着るわけにはいかない。着たいとも思わないけれど)
アメリアにファーストダンスを約束させた翌日、急ぎ新しいドレスの注文をし直した。
けれど流行りのパターンで仕立て直すには、時間が足りず。ならばと思い立ち、この形にしたのだ。
簡単なデザイン画を描き、直接仕立て人にイメージを伝え、なんとか仕上がったドレス。
十歳の少女には少し大人しいデザインかもしれないけれど、使われた生地も宝石も一級品。
公爵令嬢としての品位は保てているし、何よりも優美な仕上がりに大満足している。
だから、今の私は機嫌がいい。
私は不安げに瞳を伏せ、オルガの腕に添えた指先にくっと力を込める。
「似合いませんでしょうか?」
「いや! そうした意味で言ったのではない! よく似合っているぞ!」
「ありがとうございます、お兄様。このドレス、とても気に入っているので嬉しいですわ」
嬉し気な笑みを浮かべて見上げると、オルガは「そうなんだな」と咳払いをひとつ。
意外にも堂々とした足取りで皇城を進み、私を指定された控室に連れていく。
会場へはアメリアと共に、ルベルト殿下によるエスコートで入場しなければならない。
主役の登場は一番最後。なので、それまで別室での待機を命じられている。
迷うことなく辿り着いた控室の扉前で、オルガが足を止めた。
「俺はここまでだ。困ったことがあれば、いつでも俺のところに来い。遠慮はいらないからな」
「ありがとうございます、お兄様。……行って参りますわ」
礼をして、心配を隠しきれない様子のオルガを見送り、重厚な扉と向き合う。
とうとう、この瞬間が来てしまった。
大好きで大好きで、誰よりも愛してほしかった人。
絶対的なその地位をもって私に"悪女"の烙印を押し、この胸を貫いた、憎い人。
(行くわよ、リューネ)
見張りとして立つ騎士に不審に思われないよう胸中で呟いて、「ミーシャ・ロレンツでございます」と軽く膝を折る。
先ほどまでのオルガとの会話を聞いていたからか、騎士は一切の疑いなく、扉に手をかけた。
ぎい、と軋んだ音を響かせ、扉が開かれる。刹那、
「ミーシャお姉様! お待ちしておりました!」
駆け寄ってきた金の髪が、視界を奪う。
「アメリア、久しぶりね」
「はい! お姉様はその後、お変わりありませんか?」
気遣うようにして、うるうると瞳をうるませるアメリア。
一度目の私なら、なんて愛らしいのかしらと、そのいじらしい仕草に胸をきゅんとさせていたでしょうね。
けれども、残念。
今の私は、あなたのその白々しい演技などお見通しよ。
「心配してくれて嬉しいわ、アメリア。おかげさまで、あれから体調はいいの。無事に今日を迎えられて良かったわ」
私はそれよりも、と彼女の肩にそっと手を添え身体を離し、数歩後退して距離をとる。
「素敵なドレスだわ。今日という素晴らしい日を迎えたアメリアにぴったりね」
アメリアが身に着けているドレスは、彼女の瞳に近いローズピンクの生地。
そこに、殿下の瞳の色であるルビーレッドの刺繍と、同色の宝石がふんだんに使用されている。
(ああ、覚えのあるドレスね)
生地に殿下の色を使うのではなく、アクセントとして使用したドレス。
コバルトブルーの色は、アクセサリーの一部に使われていている。
一度目の時は、これでもかと主張した私の装いと比べなんとも上品で慎み深いと、貴族間であっという間に好感を得ていた。
(私のドレスが変わった今回も、同じなのかしら)
私の腹の内など知る由もなく、アメリアは「ありがとうございます」と頬を紅潮させて微笑む。
それから「お姉様も――」と言いかけ、ぴたりと止まった。
「あの、お姉様……? 出立前になにか、問題が起きたのですか?」
「いいえ? どうしてそう思うの?」
「その、お召しになられているドレスが……ミーシャお姉様らしくないように見受けられまして。殿下のお色も見当たりませんし……」
(動揺してくれたようね)
私は胸中でくっと口角を上げ、表では良心的な姉の顔でにこりと笑む。
「綺麗なドレスでしょう? 私が自分でデザインしたものを、もっと美しく仕立ててもらえたの」
「お姉様が、デザインを……?」
「デザインといっても、大まかなイメージだけよ」
「――そろそろ、いいだろうか」
「!」
(この声は)
部屋の奥から響いた声に、ドキリと心臓が跳ねる。
コツコツと足音を響かせ、近づいていたその人。
私は動揺をきっちり隠して、スカートの端を摘まみ上げ、淑女の礼をとる。
「帝国の星、ルベルト皇太子殿下。ミーシャ・ロレンツがご挨拶申し上げます」
(アメリアに気を取られて、気が付かなかったわ)
絹糸のように繊細なコバルトブルーの髪に、冷ややかながらも美しいルビーレッドの瞳。
記憶にある青年の姿と比べると、当たり前ながら、まだまだ子供のように思える。
けれどもそれは、"見た目"だけだとよく知っている。
ルベルト殿下は、私の挨拶に軽く頷いたのみ。
感情の見えない面持ちで私とアメリアに右手を伸ばし、
「時間だ。行こう」
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