まさか庇ってくれるなんて
「――お姉様が、羨ましいです」
(アメリア?)
見ればアメリアはぽろぽろと水晶のような涙を零し、
「"私"が生まれたことで伯爵位を与えられたとはいえ、公爵家と比べては雇える家庭教師にも差があります。知見を広げる機会だって、比べ物になりません。こうして……少しでも良いものを食べて欲しいと願う気持ちは同じでも、資金も後ろ盾もない私では、手の届く範囲の方々に頼り、僅かな量でもと心苦しく思いながら数名に渡すことしか出来ません。"公爵家"の権威を持つお姉様が、羨ましいです」
(相変わらず切り替えの早いこと)
私を糾弾するには分が悪いから、同情を誘うことにしたのね。
確かに"公爵"の身分に助けられてきた場面は、いくつもあった。けれど。
(全てが全て、"公爵家"の生まれだから手に出来たわけではないわ……!)
「アメリア、それは――」
「その意見には同意しかねる、アメリア嬢」
「!」
(殿下……?)
私を庇うようにして一歩を踏み出した殿下は、ルビーレッドの瞳を責めるようにして細め、
「アメリア嬢も承知しているだろう。ミーシャ嬢がこれまでどれだけの挑戦をし、成功させてきたのか。家名にいかなる爵位が与えられていようと、金も信頼も、望んだままに無償で手に入るわけではない。知識も同様だ。良い家庭教師を雇えば、自然と賢くなれるものではないだろう」
「それは……っ」
「呼称に安堵し怠惰を続ければ、簡単に全てを失う。ミーシャ嬢の持つ"権威"は、彼女がこれまで積み重ねて来た努力と苦悩だ。彼女を"姉"と呼びながら、その過程を"公爵家"の功績だと羨むのは、いささか横暴ではないか」
「!」
(まさか、殿下が庇ってくれるなんて)
私とアメリアが揃う場では、どちらともとれるような、いわば中立的な立ち振る舞いをしてきたというのに。
今の殿下は明確に、アメリアを非難した。
怒りよりも衝撃が勝って、二人を呆然と見つめることしか出来ない。
アメリアにとっても、想定外だったのでしょうね。
真っ青な顔でがくがくと震えながら、口を開閉している。
「あ……私、は、そんなつもりは」
力が抜けたのか、すとん、とその場に座り込んだアメリアの両肩をザックが支えた。
彼の顔には分かりやすい焦りが浮かんでいて、困惑しているのだと一目で分かる。
(さて、私はどうすべきかしら)
すっかり戦意喪失した今のアメリアに、これ以上の追い打ちは必要ないわ。
なら、耳触りのいい言葉でアメリアを元気付けてやるふりでもするのが一番でしょうね。
(とはいえ、頭では理解していても、そんな気にはなれないわ)
私を陥れようとするアメリアの言動で気に障らなかったことは一度もないけれど、その中でも今回はあまりに許せない。
かといってこのままにしておいては、いずれアメリアを慕う村人が集まってきて騒ぎになる可能性も――。
「――お許しください、ルベルト殿下、ミーシャ様。アメリア嬢は、少々心労が積み重なってしまったのです」
(ルクシオール……!?)
駆け寄るようにして現れたルクシオールは、アメリアの前で両膝を折ってしゃがみ込み、「立てますか?」と右手を差し出す。
「……ありがとうございます」
そろりと右手を乗せたアメリアに、ルクシオールはにこりと微笑んで彼女を引き上げた。
視線を私達へ向けると、
「アメリア嬢は個人的な活動として、方々の村を訪問しては祈祷に励んでいらっしゃいました。伯爵家のご令嬢として、歯がゆい思いをすることも多々あったのでしょう。それらの積み重ねが、この地に蔓延する"穢れ"に引っ張られ暴走してしまったのだと思います。ですよね、アメリア嬢? ミーシャ様が苦労もなく権力を行使しているだけだなど、心底考えているわけではありませんよね?」
「そ……その通りです! お姉様を尊敬しているからこそ、自分が惨めに思え心苦しくなった経験は何度もあります。ですがけして、お姉様の努力を軽んじるつもりは……っ!」
アメリアはばっと目元を両手で覆い、
「実の所、昨晩から頭が重くて……。心も妙にざわざわして、夜も休まらなかったのです。まさか"穢れ"の症状だとは思わず、耐えればいいと軽んじていたせいで、お姉様にひどい暴言をぶつけることになるなんて……」
(どこまで本当なのかはわからないけれど、ルクシオールの"助け船"に乗ることにしたのね)
まあ、賢明な判断でしょうね。
それに、こちらとしても、その方が助かるわ。
「まあ、そうだったのねアメリア。私なら平気よ? それよりも、あなたの体調が心配だわ。ルクシオール様、アメリアはどうしたら回復するのでしょう?」
「"穢れ"に触れない環境下での休息が必要です。皇家のお屋敷ではほとんど"穢れ"を見ませんし、お部屋でしばらくお休みになれたほうがよろしいかと」
すると、ルベルト殿下が「ザック」と口を開く。
「アメリア嬢を部屋へ。食事も回復するまでは部屋に運ぶよう、屋敷の者に伝えてくれ」
「承知しました、殿下」
(とんだ大失敗ね、アメリア)
まさか食事まで別にされるとは思っていなかったようね。
気付かれないよう悔し気に拳を握り込めているけれど、"穢れ"による影響を受けたという"設定"にしてしまったから抗議もできないのでしょう?
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