必要なのは菓子ではないの
冷ややかな私の心中など察せるはずもないアメリアは、好機だとでも思ったのか、瞳をうるうると滲ませて、
「不要な個所は村の民に施すなんておっしゃいませんよね。まさか、私が菓子を配ったのが気に入らず、彼らにこのような仕打ちを……? 酷いですわ、お姉様! 配ったのは私であって、受け取った彼らにはなんの罪もありません!」
(面白いからもう少し聞いていたいけれど、配膳が遅れてしまうわね)
横目でちらりと伺うに、そろそろ出来上がりそうだもの。
私は心配げな表情を浮かべ、
「何か、とんでもない勘違いをしているようね、アメリア。これは私の食事ではなく、村の方々に配るためのお料理よ?」
「村の方々に……?」
「ええ。この村ではこうして多数の患者が出てしまった影響で、農作物の収穫も、狩猟も常のようには出来ていないのよ。特に肉や魚は備蓄庫の乾燥物や塩漬けに頼る機会が増えているようだけれど、それだって随分と量が少ないわ」
「つまり、この村の者は患者以外も栄養状態が極めて悪いということか」
問うルベルト殿下に、私は「私は医者ではありませんが、おそらく」と頷き、
「平民は貴族に比べ栄養状態が悪いものですが、現状はその言葉の範囲をとっくに超えているのではないかと推察いたします。また、こちらで調理している肉や野菜は、お兄様が運んで来てくださった物ですわ。村長がどこまで把握しているのかは分かりかねますが、早急に適切な調査を行い、不足している食糧を補ったほうがよろしいかと。ただし、調理を行うのであれば、お屋敷の料理人以外の者に任せることを提案致しますわ」
私はちらりとアメリアを見遣り、
「ルベルト殿下や私達に加え、調査団や騎士たち。仕込みだけでも相当な時間を要するであろう人数ですもの。これ以上の調理を任せては、今度は彼らが過労で倒れてもおかしくはありませんわ」
「!」
衝撃を受けたような顔をしたアメリアが、羞恥を隠すようにしてぱっと顔を伏せる。
(本当に頭が回らなかったのね)
自分の利ばかり考えているから、周りが見えなくなるのよ。
一度目の私のように。
「殿下、食事を村の方々に配る許可をいただけますか」
「ああ、頼む」
「シルク、ヴォルフ卿。馬に乗り村の方々に知らせてきてくれるかしら。食事を希望する者は、皿を持って治療小屋の外に集まってほしいと。私はお兄様と一緒にいるわ」
「うむ、俺がミーシャを守ろう!」
シルクとヴォルフ卿は「かしこまりました」と低頭すると、外へと駆けだした。
きっとそう経たないうちに、人が集まりだすでしょうね。
(肉はまだ焼き続ける必要があるわね。出来ることなら、症状の軽い人のために柔らかく煮込んだ料理もほしいところだけど)
「お兄様、皆様とのお帰りはいつ頃をご予定ですか?」
「殿下の屋敷に大挙するわけにもいかないからな。夕刻には戻る予定だが、ミーシャが望むなら明日も来るぞ!」
「ふふ、頼もしい限りですわ」
(とはいえ、領主でもないのに他家の使用人を何日も呼び立てるのはやりすぎだわ)
ここは一度、殿下と相談を――。
「ミーシャ嬢には、助けられてばかりだな」
「殿下?」
「この先の指揮は一度引き取ろう。エルバード、騎士たちを集めてくれ」
「は、ただちに」
エルバードが小屋から出ていくのを見送り、殿下は再び私へと視線を戻すと、
「村の者に食事を行きわたらせるには、時間がかかるだろう。他の治療小屋も、早急に対応する必要がある。俺の名で動かしたほうが、多少強引な手も使えるからな。無論、問題に気付き改善のための行動を先導したのはミーシャ嬢だと、しっかり周知しておこう」
ルベルト殿下は歩を進めると、私の右手を掬い上げ、
「昼食がまだなのではないか? あなたが倒れてしまっては困る」
(そういえば、すっかり忘れていたわ)
私の表情から察したのか、殿下はふと目元を和らげる。
ドキリと胸が跳ねたのは、その仕方なさそうな表情に対する羞恥かしら。
私はなんとか表情を取り繕いながら、
「ユフェはもちろん、シルクとヴォルフ卿も連れ帰ってよろしいでしょうか」
「ああ、構わない」
「ミーシャ! 俺も一緒に戻るぞ! 俺も昼飯がまだだ!」
「ええ、お兄様もぜひご一緒に」
オルガに笑んだ刹那、右手にちゅ、と軽い口付けが落とされた。
誰が、なんて。当然、一人しかいない。
「殿下……っ」
「せっかく俺の領地にまで連れ出せたというのに、あなたの瞳を捕らえておくのは難しいな。……また後程、状況を報告に行かせよう。すまないが、助言を頼みたい」
「っ、光栄ですわ。……殿下が私のような者にも機会を与えてくださるお方で、本当に感謝しております」
手の甲にキスなんて、これまで何度もされてきた"挨拶"のはずなのに。
頬に熱が集中してしまって、殿下の顔を見れない。
(殿下の言葉を素直に受け取ってみようと決めたからかしら?)
それにしたって、これでは初めての"恋"に右往左往する少女みたいで――。
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