騎士団長が尽くす理由
「ミーシャ様!! 大変にお待たせをいたしました……!」
ノックの返事も待つことなく開かれた扉から現れたのは、久ぶりに顔を見るヴォルフ卿。
驚き固まるユフェとシルクには目もくれず、私へと向かってくる彼の手には丸められた大判の用紙が。
私ははっとして、
「もしかして、もう完成されたのですか?」
「ええ、このヴォルフ、なんとかやり遂げましたぞ……!」
昼食の準備のためにと片付けていた机上に、ばっとその用紙が開き置かれる。
ヴォルフ卿は自慢げに胸を張り、
「ミーシャ様がご所望された、この村の発症順を記した地図の写しにございます!」
「素晴らしいですわ、ヴォルフ卿。もっと時間がかかるものかと……!」
調査団の資料に、この周辺に住む人々の発症順を記した地図があると教えてくれたのはヴォルフ卿だった。
その写しを作成できないかと依頼して、ほんの一日と半日ほどだというのに。
「随分無茶をされたのではありませんか、ヴォルフ卿。どうぞおかけになってください。シルク、ヴォルフ卿にお茶と簡単なお菓子をお願いできるかしら」
「あ、ああ。すぐに用意する!」
「ごめんなさい、ユフェ。先にこの資料を確認したいの。昼食は少し待ってもらえるかしら?」
「か、構いませんです! 私もシルク様のお手伝いをしてきますです!」
パタパタと駆けまわる二人に礼を告げ、私はヴォルフ卿を椅子に座らせ地図を広げる。
あくまで大まかな発症順を把握することが目的だからか、"地図"というには簡易的な絵だけれど、充分情報は汲み取れる。
(ここが皇家のお屋敷で、ここの辺りが治療小屋の一帯ね)
指を滑らせ、記憶している村の様子と地図を照らし合わせながら発症順を追っていく。
もちろん、この数字は前後している可能性のある、目安でしかないとは分かっているけれども。
「……発症に規則性は見られませんのね」
「調査団でもそのような見解だと耳にしました。そのために、水に未知なる毒が混入した可能性も薄いと判断されたようです」
(……規則性はないけれど、広く見ればまとまりがあるようにも見えるわね)
けれど関連があると断言するには、荒すぎる。
必死に思い起こしている前回の記憶では、この地の異変にも何らかの"原因"があったような気がするのだけれど。
「団長、少し休まれたら一度仮眠をとられたほうがいいんじゃないですか?」
紅茶と茶菓子を運んできたシルクが、ヴォルフ卿の前に置きながら心配げな声を出す。
「その目元、寝ていないですよね?」
(本当だわ。隈が……)
「申し訳ありません、ヴォルフ卿。私が"可能ならば急ぎで"とお伝えしてしまったばかりに」
「いいえ、いいえ! 我が一刻も早くミーシャ様にご覧いただきたいと思ったがための選択です。ミーシャ様のご責任ではありません!」
ヴォルフ卿は「それにしても、もう少し絵を学んでおくべきでしたな」と苦笑し、
「絵の覚えがある者でしたなら、もっと早くお届けできたはず。この任務が終わりましたら、よく鍛錬に励むことを誓いましょう。記入に相違がないかは調査団の者に確認してもらいましたので、ご安心を!」
ぐいとカップを煽り紅茶を嚥下したヴォルフ卿に、私は膨らみ続けた疑念を口にする。
「ヴォルフ卿は、どうして私にこんなにもよくしてくださるのですか」
一度目の時、ガブリエラの洞窟で私を"悪女"と罵り、ルベルト殿下に即刻の断罪を求めたのは彼。
その印象が強く焼き付いていて、こうして私に尽くしてくれようとする姿に戸惑ってしまう。
そんな私の心内など知るはずもないヴォルフ卿は、面食らったような顔で制止してしまった。
私は少々焦りながら、
「私の記憶が正しければ、ヴォルフ卿と挨拶以上の言葉を交わすのはこの遠征が初めてのはずです。私は何一つ力になれていませんのに、ヴォルフ卿にばかり負担を強いてしまっていることが申し訳なく――」
「先に助けてくださったのは、ミーシャ様ですぞ」
「え?」
(まったく身に覚えがないのだけれど……まさか、私が忘れている?)
言葉に迷う私に、ヴォルフ卿は「お恥ずかしい話なのですが」と咳払いを一つして、
「我には娘が一人いるのですが、どうにも意見の相違から折り合いが悪かったのです。というのも、我は娘が立派な"淑女"となることを望み、それに準じた教育をしておりました。ですが娘は、"騎士"になりたいと言うのです。我には娘だけで、家督を継ぐ男児がおらんものですから……ならば"騎士団長"唯一の子である自分が、その名誉を守るべきだと言ってきかんものでして……」
「……失礼ながら、娘様はおいくつで?」
「十二です。周囲の近い年頃の娘たちはドレスや装飾に夢中になっているというのに、鍛錬だと言って我の剣を振り回して……とにかく、悩みの種でもあったのです。そんな我々をお救いくださったのが、ミーシャ様でした」
「私が、ですか?」
「ミーシャ様の発案なさった香水瓶のネックレスで、娘の"憧れ"が変わったのです」
ヴォルフ卿の話によると、娘さんはヴォルフ卿の奥様が購入した香水瓶のネックレスをたいそう気に入り。
考案者が私だと知るやいなや、私が後ろ盾となっている"ベルリール"にも興味を示したそう。
そして私が領地の改革を行ったことを知り、ヴォルフ卿にこう告げたという。
――"剣"ではなく"頭脳"でも、女は戦えるのですね。
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