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【コミカライズ】悪女にされた銀の聖女は二度目で愛される  作者: 千早 朔


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彼女の違和感と変わりないもの

「――報告は以上になります、殿下」


 多くが既に眠りついた時間。

 微塵も姿勢を崩すことなく報告を終えた彼に、「ご苦労」と手にしていたティーカップを下す。


「出来るだけ秘密裏にしたいがためとはいえ、このような時間に呼び立ててすまない」


「いいえ。何一つ支障はありません」


「頼もしいな。引き続き、彼女の監視を頼む。――ザック」


 は、と腰を折ったザックが、失礼しますと挨拶を述べ部屋を出ていく。

 入れ違うようにして、任務に出ていたエルバードが戻ってきた。


「アメリア嬢の報告を?」


「ああ。菓子の配布で気を良くしているようだ。明日はまた、別の小屋を訪ねるようだな」


「殿下、ある程度お付き合いになられたら、制止を願います。でないと、私特性の"なんでもスープ"をお召し上がりになっていただくことになりますよ」


「なんでも器用にこなしてみせるくせに、料理だけは身に付かないとはなんとも不思議なものだな」


「人には得手不得手があるのです。……ミーシャ様のように」


「……そうだな」


 護衛の名目で与えたシルクとザックには、それぞれに"監視"の役目も与えている。

 だが双方の目的は真逆だ。

 シルクには、大切な存在を庇護するために。

 ザックには、大切な存在を害する因子とならぬよう、警戒のために。


(菓子程度で満足しているのならば、いいのだがな)


 元より流布していた"金の髪を持つ聖女の巫女"の噂に、菓子の配布。

 村人たちはますますアメリア嬢へ好意を寄せ、ミーシャ嬢の立場が悪くなるだろうことは、簡単に予想が出来た。


 それでも許可を出したのは、"菓子"以上の危機を抑制するためだ。

 たとえば――村の男たちを誘導し、ミーシャ嬢を襲うよう仕向ける、とか。


(これまでの襲撃で、アメリア嬢が直接関与した証拠はない。だが、"要因"になっている)


 ミーシャ嬢とアメリア嬢。特殊な生まれを理由に、本当の姉妹のように寄り添い合っているものだと思っていた二人の違和感に気が付いたのは、いつだったか。


 ミーシャ嬢が俺にアメリア嬢をすすめてくるのは、"姉"たる立場であるが故の善意なのだろうと。

 その考えを改めるほどに、ミーシャ嬢はまるで「俺が"必ず"アメリア嬢を選ぶ」と確信しているかのように振舞っていた。


 それだけではない。

 社交界に影響を及ぼすほどの功績をいくつもあげたというのに、どこか無理に気丈さを保っているように感じたのも。


 己は憎まれて"当然"なのだと。

 他者からの好意にひどく鈍感なほどに、自身を"悪"と捉えているのも。


(父親が"ああ"だからかと思ったが、それにしても)


 ミーシャ嬢は、自分自身を愛することが苦手だ。


「……報告を聞こう」


 カップを持ちあげつつ促すと、エルバードは表情を引き締め、


「ルクシオール様が向かわれたのは、治療小屋でした。ただ……ミーシャ様とシルクと、合流を」


 ガシャン、と下したカップがソーサーを傾ける。

 途端、エルバードは「約束していた様子ではありませんでした」と急ぎ付け足し、


「日中、ミーシャ様の滞在している家の娘と共に、その母親へ挨拶をしに行っていたと報告がありました。何らかの事情で再び気になり、シルクを連れ秘密裏に確認に来られたのかもしれません。最初に向かわれた小屋が、報告にあった小屋と同じでした」


「最初に、ということは、その小屋だけで終いではなかったと?」


「っ、その後、三名で全ての小屋を回られていました。……"浄化"を、されながら」


「"浄化"を?」


「距離を取っていたので詳しくは目視出来ていませんが、あの光は間違いありません。ルクシオール様も、白いローブをお召しでした」


(人目を避ける目的ならば、わざわざ"白"の衣は選ばない……か)


 大神官といえど、一度に"浄化"出来る量には限りがあると言っていた。

 力を使うと、疲労が蓄積するのだとも。


(ルクシオールは昼にも"浄化"を行っていたな)


 体力が回復したから、再び"浄化"に向かったのか?

 その道中、"偶然"ミーシャ嬢と鉢合わせた?


(本当に"偶然"か?)


 あの男は、どうにも気に入らない。

 気付かぬ間に、ミーシャ嬢が随分と頼りにしていることも。


「エルバード。ミーシャ嬢が"聖女の巫女"だと判明したなら、即時に婚姻の儀を執り行えないだろうか」


「でしたら、今すぐにでもお二人の服を仕立て始めなくてはなりません。ミーシャ様にもご協力いただく必要がありますが、ご説明は主君が?」


「……納得してはくれないだろうな」


 六年だ。六年かけて、やっと心を向けようとしてくれるようになったのだ。

 ここで強引な手を使って、再び背を向けられてしまっては、全てが無駄になってしまう。


(いっそ、彼女が"聖女の巫女"でなければ)


 不遇にも"悪女の巫女"だとされたのなら、その手を引き国を出るでも、離塔に閉じ込めるでも、合理的に独占することが出来るのに。


(まったく、我ながら非情なものだな)


 己の手を唯一として選ばせるためならば、彼女の自由を奪っても構わないなど。


(まあ、俺がどれだけ渇望しようと、ミーシャ嬢は大人しく囚われていてはくれないだろうが)


 聖女だろうが悪女だろうが、彼女が彼女であることに変わりはない。

 この手に収まりきるような存在ではないからこそ、俺は幾年も重ねた今も必死に、求め続けているのだから。


(こんなにもたった一人に執着できる男だったのだな、俺は)


「――主君」


 どこか納得のいかない瞳が、俺に向く。

 視線で続きを促すと、エルバードはぐっとその手を握りしめ、


「そこまで想われていらっしゃるのに、なぜミーシャ様にとって不利益となる現状を黙認しておかれるのですか。せめて、ミーシャ様にご説明をされては」


「お前のそうした誠実さは好ましいよ、エルバード。だが今回は、まだ動く必要はない。ミーシャ嬢はオルガへ手紙を出したのだろう?」


「は、はい。シルクが急ぎで届けたいと持ってきましたので、早馬で向かわせました」


「なら、俺達は余計な手を出すべきではない。かえってミーシャ嬢の邪魔をすることになるかもしれないからな」


 エルバード、と。

 俺は浮つく気分を隠すことなく口角を吊り上げる。


「"不利益"かどうかを決めるのは、俺達ではない。少なくとも、ミーシャ嬢は泥を被りながら黙って微笑んでいるような"お嬢様"ではないからな」

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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