あなたには明かしたい
「こんな夜中に治療小屋に行きたいだなんて。どうしちまったんだよ、ミーシャ」
小声で訊ねてくるシルクに、「説明は後でするわ」と暗い路地を進んでいく。
煌々とした満月のおかげで随分と歩きやすい。
もしかしたら、ネシェリ様の加護かしら、なんてらしくもないことを考えた刹那。
路地に佇む人影に歩を止めたと同時に、シルクが剣に手をかけたのが分かった。
「まって、シルク」
私が小声のまま告げた直後、
「今夜は会えるだろうと思っていました、ミーシャ様」
「……ルクシオール」
神官の白いローブをゆらりと揺らし、ルクシオールが歩を進めて来る。
すると、シルクが私の前に立った。
「こんな夜更けにお散歩ですか? ルクシオール様」
警戒を全面に出すシルクにも、ルクシオールは柔和な笑みを絶やさずに、
「ミーシャ様をお待ちしておりました。昼間に治療小屋を訪問されたと聞いたもので、おそらく、今夜はお会いできるだろうと」
ルクシオールは「ミーシャ様」と私に片手を差し出し、
「よろしければ、これより先は僕がエスコートいたしましょうか。彼がいては、目的も果たせませんでしょう」
「いいえ、シルクも連れていくわ。……必要なことだから」
「……ミーシャ様がお決めになられたのでしたら」
手を退いたルクシオールと私を交互に見遣ったシルクは、怪訝そうに眉をしかめ、
「いったい、どういう……」
私はにこりと曖昧に微笑んで、「行くわよ」と踏み出した。
ルクシオールと付いて来るシルクは黙ったまま。
きっと、その頭の中では数々の憶測と否定が飛び交っているのでしょうね。
「……ついたわ」
「ここは……昼間に来た治療小屋の裏? ミーシャ、いくら調査を許可されているとはいえ、この時間には――」
「調査ではないわ。"祈り"に来たの」
「……え?」
戸惑うシルクに、私は「誰にも見られないよう、しっかり護ってね」と悪戯っぽく両目を細め、
「リューネ、始めるわ」
「――分かった」
リューネが現れたのを確認して、両手を組み目を閉じる。
(どうか、少しでも楽になれますよう)
体調に変化をきたすほどの"浄化"は出来ない。
けれどついついのめり込んでしまうから、力加減を誤らないようリューネに導いてもらう。
見学してきた小屋の内部と、そこに漂っていた"穢れ"を思い浮かべながら、"浄化"のために祈りを捧げる。
「――ミーシャ、ここまでだ」
「っ」
リューネの声にふ、と意識を浮上させる。
ふるりとしっぽを揺らしたリューネは、
「他の場所でも"浄化"をするのだろう? なら、この程度に留めたほうがいい」
「ええ、助かったわ」
「……ミー、シャ?」
震えた声に、彼へと視線を向ける。
シルクは信じられない、といった風に両の目を見開いて、
「今の光って、"浄化"だよな……? ミーシャ、まさか……"聖女の巫女"、なのか?」
「……誰にも告げないでほしいの。それこそ、ルベルト殿下にも。私には、まだ目的が――っ」
言葉を飲み込むようにして切ったのは、勢いよく抱きしめられたから。
突如の事態への驚愕よりも、苦しい程の腕の強さに抗議しようと口を開いた刹那、
「いつから?」
「シルク?」
「いつから、こんなことをしてたんだ」
必死に絞り出したような声は、何かに耐えているようにも聞こえて。
もしかしたら、黙っていたことを怒っているのかもしれない、と焦りを感じつつも、
「……初めて"浄化"をしたのは、十歳の時よ」
耳元で、ひゅっと息をのみ込む音がした。
背に回された腕はより力強くなるのに、黙ったままのシルクに疑問が膨らんでいく。
と、僅かながら彼が震えていることに気が付いた。
「シルク……もしかして、泣いているの?」
ピクリと揺れた肩は肯定。
私は焦りに彼の背をトントンとあやしながら、
「黙っていてごめんなさい。シルクを信用していなかったわけじゃないの、誰にも秘密にしてて――」
「そうじゃない」
そっと顔を上げたシルクの目が、暗闇でも分かるほどに歪んでいる。
シルクはぐいと腕で目元を拭うと、
「六年も……こうやって隠れて"浄化"を続けてたんだろ? 誰にも感謝されないのに。"悪女"なんて好き勝手言って、襲ってくる奴だっているくらいなのに。どうして、ミーシャが……ミーシャだけが……っ!」
「シルク……」
「ごめん、ミーシャ。今まで気づいてやれなくて。ずっと尽くしてくれて、ありがとうな。……感謝しなきゃってのは分かってるんだけど、ミーシャだけがこんなにも背負わなくちゃいけなかったことが、悔しくてたまらない」
「っ!」
――私だけが、背負ってきた。
(そんなこと、考えたこともなかったわ)
ただ復讐したい一心で。
再び"悪女"として断罪ないようにと、とにかく必死だったから。
それが"聖女の巫女"として生まれた私の、生き方なのだと。
こうして密かに"浄化"を続けていたのだって、そのまま放置していては後々国としても支障が出るから、"当然"の予防対策で――。
「なるほど、ミーシャがお側に置くわけですね」
「っ、ルクシオール」
ルクシオールはそっとシルクの肩に手を添え、
「ですから僕たちが、ミーシャ様を支えなくてはなりません」
まるで諭すような口調で、柔い声が紡がれる。
「聖女の巫女としての力を持つミーシャ様は、唯一無二の存在です。ですがその力は無限の奇跡ではありません。聖女の巫女としての能力は、ミーシャ様の生命力に直結しますから」
「生命……っ!?」
「ちょっと、ルクシオール!」
私の制止の声に、ルクシオールは「申し訳ありません」と頭を下げつつも、
「ですが彼には、正しく理解してもらうべきです。ミーシャ様を不本意な形で失いたくないのは、僕も彼も、そしてそこにいらっしゃるであろう精霊様も、同じでしょうから」
「それは……」
「精霊って……? っ! さっきの、"リューネ"ってのがそうなのか!?」
(ああ、もう。どこから説明したらいいの……!)
すると、リューネが「ミーシャ」と名を呼んだ。
振り返ると、「私も同感だ」と私の手に頭を寄せ、
「代わりに担える者がいるのなら、分け与えるべきだ。それに、"聖女の巫女"だからといって万能を求める者たちからの、盾にもなるだろう」
「盾だなんて……そんなつもりは」
「いけませんよ、ミーシャ様」
ルクシオールは毅然とした声で、
「彼の言っていた通り、一人で背負い続けるのはそろそろ終いになさってください。いくら"聖女の巫女"といえど、あなた様は一人の人間。ミーシャ様の命は、ミーシャ様のモノなのですから。巫女としての力を使い続けていくというのなら、他者をうまく使っていく覚悟もお持ちください」
「そうだぞ、ミーシャ。詳しい話は後で聞かせてもらうけど、俺達に出来ることは俺達に任せてくれ。じゃないと、ミーシャを外に出すのが怖くなりそうだ」
(シルクに打ち明けるの、もう少し先にすべきだったかしら?)
けれどきっと、いつ打ち明けたところで結果は変わらないでしょうね。
(……復讐を遂げたところで、国に尽くして早死にするようでは意味がないわ)
リューネの頭をそっと撫で、私は「わかったわ」とシルクとルクシオールを見遣る。
「早速だけれど、他の小屋でも"浄化"をしたいの。誰にも知られないよう、しっかり私を守ってちょうだい」
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