身勝手な自己満足なのはどちらかしら?
(本当にルベルト殿下が許可を? だとしたら、殿下は本当にアメリアを切り捨てるつもりなの?)
仮にアメリアが内情を知らなかったとて、殿下が止めれば済む話。
だって、ただでさえ忙しい最中に無茶な要望がきては、料理人たちが不満を抱くのは簡単に想像できるもの。
使用人からの印象を下げては、アメリアが皇家の一員となったときに軋轢が生まれる可能性が高まる。
殿下がこの"可能性"に気が付かないわけがない。
「……その"慰労の品"は、この小屋で働く全員が受け取れたのですか?」
「んなわけないさ。その場にいた数人と、交代で入ってきた子くらいなものだよ」
「そうだと思いましたわ。おまけに口止めするどころか、また持ってくるからと言って期待させていたのでは?」
「その通りだけど……なんだい、言いたいことがあるならハッキリ言いな!」
私は「あまりに酷いとは思いませんか?」と肩をすくめ、
「まず、"慰労の品"と言いながら全員に行きわたる量を用意しないだなんて。これでは受け取れた人と、受け取れなかった人の間で摩擦が生じるのは当然ですわ。あなた様は今回、"運良く"受け取れた側でしたけれど、次のアメリアの来訪がいない時だったら? "運悪く"菓子を受け取れなかったことに、酷く腹を立てるのではありませんか?」
「それは……っ」
「菓子を受け取れなかったのだから、世話を頑張る必要なんてないと考えはしませんか? 受け取った菓子が美味しかったと話す人を見ては、妬ましさに苛立つことだって考えられますわよね?」
私はやれやれと肩を竦め、
「与えることは簡単ですわ。ですがだからこそ、慎重にならねばならないというのが私の考えです。特に今は、この地の者が一丸となって踏ん張らねばならない時ですのに。中途半場に手を出し分断の種を撒くのは、"寄り添う"どころか身勝手な自己満足に過ぎないのではないかと」
「…………」
この婦人のいいところは、私の話にきちんと耳を傾けるところね。
先ほどまでの威勢はどこへやら。
色の悪い顔で唇を引き結ぶ婦人に、私は「どうか、お忘れにならずに」と微笑み、
「私もアメリアも、この地の"領主"ではありませんから。この地に住むあなた方がどうなろうと、責任などないのです。……あなた様の"運"が良いことを祈っておりますわ」
行くわよ、シルク。
そう声をかけ、その場から踏み出す。
(罵声を浴びせる余裕もないくらい、響いているようね)
あとはあのご婦人が、賢いことを祈るしかないわ。
すると、シルクがほどなくして、
「なあ、ミーシャ。殿下に報告しよう。もう一人の"ばらまき"のせいで、ミーシャが迷惑してるって」
「平気よ。あの程度、嫌味のうちにも入らないわ。それに、殿下にもお考えがあっての許可だったのかもしれないじゃない」
「だからって、ミーシャがあんな――」
「ねえ、シルク。私、いいことを思いついたの」
(相変わらずあなたは、私よりも私のことに怒ってくれるのね)
立ち止まり、にっこりと笑んでみせる。
と、シルクは「あー……、その顔は閃いたヤツだな」と苦笑気味に頬を掻き、
「俺は、何をしたらいいんだ?」
「急ぎ手紙を出したいの。宛先は、本邸でやきもきしているお兄様よ」
***
暗闇の中、息を潜めて身体を起こした私は胸中で「リューネ」とその名を呼ぶ。
途端、眼前に美しい銀狼が、不満気な顔で現れた。
「相も変わらずひどい地だな」
(呼び出してごめんなさい。協力してほしいの)
「そろそろ呼ばれる頃合いだろうとは思っていた。そうでなければ、この家に来た意味がないからな」
すっかりお見通しのリューネに苦笑して、彼の淡く光る身体の明かりをたよりに、そっと寝台から降りカーディガンを羽織る。
少し離れた寝台で眠るユフェはすっかり夢の中で、起きそうな気配はない。
音をたてないよう慎重に部屋を出て、一階へと降り立つ。刹那、
「ミーシャ? 目が覚めちまったのか。水でも飲むか?」
シルクは私の護衛のため、一階のリビングで睡眠をとっている。
(やっぱり、シルクはすぐに気が付くわよね)
予想通りの展開に、私は「平気よ。それよりも」と声を潜め、
「行きたいところがあるの。ついて来てくれる?」
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