その言葉が欲しかったのは
あーとさ、と。シルクは頬を掻きながら、
「俺も小さい時に親父が死んじまっててさ。ユフェさんみたいに、ああすればよかったとか、こうしてたらもしかしてとか、毎日考えてて。したらさ、夢に親父が出て来て。いつまでもうじうじしてんじゃねえ! んな暇あるなら俺の分もさっさと働け! って怒鳴られたんだよ。俺だってまさか自分が死ぬだなんて思っちゃいないのに、お前にどうこう出来たわけないだろって」
シルクは「悲しんでる息子がいるってのに、ひっとつも慰めてくんねーの」とどこか懐かしそうに笑って、
「普通に考えれば、あの親父は俺の願望が見せた都合のいい"夢"なんだろうけどさ。でも、親父なら本当にそう言ってきそうな気がして。確かにそうだよなって思って、一気に吹っ切れたんだよ。ユフェさんのお母様は治療小屋にいるんだろ? なら、聞いてみたらいいじゃん。今、お母様が苦しんでいるのは、ユフェさんのせいなのかって」
「…………っ」
衝撃を受けたようにして、ユフェは視線を落とした。
見開かれた瞳から、ほろりと雫が落ちる。
「……母は、きっと私のせいじゃないって、言うと思いますです。私だけでも回復して、良かったと。……シルク様の言う通りです。私、自分が悪いんだって考えてばかりで、色んなことが……大事なお花のお世話だって、集中できなくなってて……っ!」
ありがとうございます。
ユフェははっきりとした意志の宿った瞳で、私達を見据える。
「終わってしまったあの時ばかりじゃなくて、今、出来ることに時間を使うべきでしたです。……母が戻ってきた時に、もっと悲しませてしまうところでした。あ、そういえば寝室の準備がまだでしたです! ルベルト殿下から頂いた毛布も用意してくるので、少しお待ちくださいです」
「なら、私達も……」
「いえ」
ユフェは少しだけ寂し気な笑みを浮かべ、
「少し、一人で頭の整理もしたいなって思いまして」
「……わかったわ。助けが必要になったら、遠慮なく呼んでね」
「はい、その時はお言葉に甘えさせていただきますです」
では、と二階に上がっていったユフェを見送って、私はふ、と息をつく。
(私は"都合のいい夢"を見れるほど、お母様のことを知らないわ)
違う。"知らない"のではない。
これまで意図的に、"知ろうとしなかった"からで――。
「なあ、ミーシャ。いつか言おうと思ってたんだけどさ」
探るような目でじっと見つめるシルクの言葉に、「何かあったの?」と顔を向けた刹那。
「ミーシャが生まれてきたことは、"罪"なんかじゃないからな」
「!」
「ロレンツ公爵が"ああ"だなんて、思いもしなかったんだ。知ってたら、もっと早くに伝えられたのに」
シルクは私へと歩を進め、そっと右手を掬い取る。
その手をまるで大切な宝物を包むようにして、
「生まれて来てくれてありがとう、ミーシャ。俺と出会ってくれて、こうして、一緒にいてくれて」
「シルク……」
「俺だけじゃない。ミーシャのことをが大好きで、感謝している人はたくさんいる。ミーシャだって、気付いていないわけじゃないだろ? ……俺は貴族の事情に疎いし、図々しい性格だからさ。身勝手な"部外者"として、ミーシャに頼みたいんだ」
「……なにを?」
「ロレンツ公爵夫人について、知ってみないか?」
――お母様。
「夫人の部屋は、今でも残されているんだろ? 本邸にも、領地にも」
「……でも、私は入室を禁じられているわ」
「"ロレンツ公爵"に、だろ? 部屋の主である夫人に禁じられているわけじゃない」
「それは……」
「公爵はほとんど本邸にいないし、当主としての役割のほとんどを担っているのはオルガ様だ。オルガ様ならきっと、協力してくれる。オルガ様も、ミーシャにとっての最善はどれなのかって悩んでたくらいだからな」
「お兄様と、そんな話を?」
「お互い、可愛い妹に振舞わされる兄同士だからな」
(私が振り回しているつもりはないのだけれど)
シルクはまあまあとでもいいたげに、私の掌の甲をとんとんと叩く。
「ザハールの館の使用人は言うまでもないけれど、本邸の使用人たちも、ミーシャを大事に思ってるよ。だからきっと、手を貸してくれる。ミーシャが、望みさえすれば」
「……もし」
縋るようにして、私の手を支えるシルクの指先をくっと掴む。
「もし、お母様が私を疎んでいたって。望まない子だったと、それなのに奪ってしまったのだと知ってしまったら? ……私自身も、耐えられるかわからないわ」
「その時は、俺が支える。俺だけじゃない。ミーシャを愛する沢山の人が、ミーシャを抱きしめるよ。ミーシャの存在が罪だというのなら、ミーシャを愛する俺達も同罪だからな。……ま、殿下は抱きしめるどころか、そのまま連れていきそうだけど」
ボソリとした言葉の後半がよく聞き取れなくて、「え?」と聞き返すと、シルクは「いいや? ともかくさ」と首を振り、
「少し、考えてみてくれないか。ミーシャが一人で抱え続けるのを見てるのも、嫌なんだよ」
「……本当、あなたって身勝手よね」
「昔からだろ?」
「そうね。……そんな感情に率直なあなたに、救われることも多いわ」
私は落ちていた視線を上げ、すっかり高くなってしまったオレンジの瞳を見つめる。
「考えておくわ。……私にとって、初めて出来た選択肢だから」
以前の生も、今回も。"お母様を知ろう"だなんて、考えたこともなかった。
私の存在は"悪"。その考えに疑問を持つ人なんて、私自身を含めてたったの一人もいなかったから。
――でも、今は。
シルクは「ああ」と嬉し気に目元を緩めて、
「俺はきっとミーシャは愛されていたんだって、信じてる」
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