私のせいだと疑わなかったのに
「いやあー、やっぱりルベルト殿下はすっげえいい主君だな!」
好きに蝋を使える貴族とは違い、平民の夕食は早い。
私達と共にいつもよりも早い夕食を終えたシルクが、「ルベルト殿下、万歳!」とご機嫌にお腹をさすってみせる。
ユフェも「本当に、驚きました」と興奮冷めやらずといった風に頬を上気させ、
「こんなに豪華で美味しい食事は、は、初めててです……。殿下はミーシャ様が本当に大切なのですね。は! そ、そんな方に食事の支度までさせてしまって……! 私はどんな罰を受ければ……っ」
「落ち着いて、ユフェ。自分も食べる食事を作っただけで、罰なんてないわ。ほら、焼き菓子でも食べない?」
(殿下は随分と"あげたがり"な人なのね)
贈られた食材は、どれもこれもが皇家で仕入れているものばかりのよう。
野菜も肉も果物も明らかに質が良く、パンや焼き菓子はどう見ても皇家の料理人が焼いたもの。
(それに、チョコレートまで)
ユフェの家には三日間ほど世話になる予定だったけれど、シルクと三人で全て消費出来るか心配になるほどの量になっている。
場合によっては、周囲に配るか治療小屋に寄付すべきね。
腐らせてしまっては勿体ないもの。
「そ、それにしても、ミーシャ様もシルク様も、お料理がお上手なのですね。高貴な方はご自分ではされないのかと……。あ! ご、ごめんなさい。失礼なことを言いましたです……っ」
「失礼だなんて。ユフェの想像通り、貴族のご令嬢は包丁を持ったことがない子のほうが圧倒的に多いわ」
「そーそー。ミーシャだって、初めの頃は酷いのなんのって。あ、俺は平民出身だから、小さい頃から料理してたんだ。ミーシャに教えたのも俺な」
「シルク様が、ミーシャ様に……。だ、だからお二人の調理は息ピッタリだったんですね」
白く繊細な脂身が美しい真っ赤なお肉は、ユフェが焼いてくれて。
シルクが刻んでくれたたっぷりの野菜を、私は鍋が噴きこぼれないよう時々まぜながら煮こんでいた。
切り分けたパンと、野菜たっぷりのスープ。肉汁滴るステーキが本日の夕食。
「ユフェは普段、どんなものを食べているの?」
「私は……その時にあるものを、簡単に焼いて食べることが多いです。い、以前はスープや、もう少し料理らしいものを作っていたのですが……一人になってからは、多く作っても食べきれないので」
私は背を伸ばし、居住まいを正す。
「お母様はまだ治療小屋から戻られていないと聞いたわ。詳しく話してもらってもいいかしら」
ユフェは下唇をくっと噛んでから、こくりと頷き、
「母は元々、身体が弱いんです。父も力仕事には向いていない体質だったので、畑ではなく花の栽培を始めたのだと聞いています。幸運なことに、努力が実って皇家に献上する名誉を与えらえたおかげで、私一人になった今でも毎日の食事に困ってはいませんです。父は、私が十歳の時に病気で亡くなりました。それからは、母と二人で。少し無理をすると体調を崩してしまいますが、それでも、元気だったんです」
「……症状が出たのは、お母様が先なのよね」
「はいです。庭で花に水を遣っていたら、とつぜん嘔吐したんです。その後もお腹が痛いと苦しんで……。まだ、今のように大勢に症状が出る前でしたから、お医者様には食当たりではないかと言われ家に帰されたんです。ですがあまりに続く嘔吐に、母の体力がもたなかったようで……水も飲めなくなってしまい、もう一度お医者様に来ていただきました」
思いつめた表情のまま、ユフェは話を続ける。
「私に症状が出たのは、母より三日ほど後です。激しい腹痛と、母と同じく酷い吐き気に襲われました。何回吐いても収まらなくて、そのうちにどうやら意識を失っていたようで、気が付いた時には母と一緒に治療小屋で寝ていました。助けを呼ぼうと必死に外に出た母が倒れていたのを、近所の方が気付いてくれたんです。ちょうど同じような症状を訴える人が増え、急ぎ治療小屋を用意したと聞きました」
(……なるほど。皇室の調査団が水を疑うだわ)
同時期に一斉に発生した体調不良者。
それに、症状が"毒"を摂取した時とよく似ているもの。
(けれど、"水"ではなかったのよね)
水以外で、大勢の人が共有し、毒だなど思わずに摂取してしまう"何か"。
(土……なら、人の口に入る前に作物に影響が出るもの。空気が汚染された? いいえ、それなら村人全員が発症するでしょうし、私達だって何かしらの影響を受けるはず)
「……後悔しているんです」
ユフェは両手を胸の前で組み、ひどく思いつめた様相で、
「母に症状が現れた時に、なぜもっとお医者様に縋っておかなかったのか。もっと騒ぎ立てて、呆れられるほどに不安だと涙すれば、母はもっと早くに違った治療を受けられたんじゃないかって思うんです。あの時、食当たりとはなんだか違うって分かってたのに……母が今もまだ戻ってこれないのは、私のせいです」
「っ、ユフェ、それは――」
「それは、そうかもしれないな」
「!? シルク、何を……っ」
「けれど、違うかもしれない」
制止をのみ込み凝視する私に、シルクは「何が正しかったのかなんて、誰にも分からないだろ」と肩を竦める。
「医者に縋りついたところで処置を受けれる保証なんてないだろ? むしろ、面倒な相手だって煙たがられて、見捨てられたかもしれないさ。ユフェさんが家で必死に看病していたから、一命を取り留めたのかもだし。そもそも自分の望んだ結果に繋がる"正しい選択"を知らなきゃ、何が悪かったかなんていくら考えたって、時間を無駄に使うだけじゃん?」
「あ……」
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