殿下の来訪と贈り物
カップをテーブルに運んで、荷運びを終えたシルクとヴォルフ卿を呼び寄せユフェに紹介する。
シルクは私と共に泊まり込みでの護衛を、ヴォルフ卿は通いで、主に調査や殿下への報告を担ってもらうことにした。
当初、ヴォルフ卿は、
「それではミーシャ様の護衛が手薄くなりますぞ! それに、どうしても一人とおっしゃるのでしたら、騎士団長でもある我こそが適任ではありませぬか!」
と、なかなかの勢いで難色を示していたけれど。
平民出身のシルクの方が、今回の環境に適応していること。
幼い時から今も含めて、シルクとは何度も同じ家で寝泊まりしていること。
対して、調査活動は経験の多いヴォルフ卿の方が手早く解決できるだろうし、ルベルト殿下への報告もまた、ヴォルフ卿ならば信頼あるからと説明し、納得してもらった。
(本当は、それだけが理由ではないのだけれど)
ユフェと二人の顔合わせが済んだ、その時。
「ヴォルフ団長!」
血相を変えて駆けこんで来たのは、荷運びの手伝いのため同行していた騎士のひとり。
彼は急ぎ片膝をつくと、
「ルベルト殿下がお越しに……!」
「殿下が!?」
(なんですって?)
顔を見合わせた私達は、ヴォルフ卿を先頭に急ぎ家の外へと出る。
視界に飛び込んできたのは、騎士を数名引きつれ馬を制止させる殿下。
「っ、ルベルト殿下。どうしてこのような所に……っ」
「ミーシャ嬢が無事に到着したか、この目で確かめにな」
すたりと馬から降りた殿下の「問題はないか?」と笑む目元に、不思議と背筋に冷気が走る。
報せもなく突如と現れたのは、もしかして。
「殿下……もしかして、怒っていらっしゃいます?」
「まさか。例えあなたが一言の相談もなく屋敷を出ると決め、一度も顔を合わせることなく出立したとしても、怒りなどない。あなたの聡明さはよく理解しているし、会いたければ、こうして簡単に会いにこれる近さだしな」
(……怒っているのではなく、拗ねているのね)
「申し訳ありません、殿下。ほんの少しでも早く問題を解決したい一心で」
「その気持ちは俺も同じだ。だからこそ許可を出した。……調査団の資料に目を通しているが、やはりまだ決定的な原因が見つからない。あなたにこんな真似をさせてしまって、すまない」
「殿下……」
(本当、私の前では随分と弱弱しい顔をするようになったのね)
問題なのは、そんな彼を疎ましく思うどころか、妙な可愛さを感じてしまっていることなのだけれど。
(って、そんなことを考えている場合ではないわ)
「殿下が謝罪される必要などありませんわ。領地ではシルクの家で世話になることも多かったですし、家主であるユフェも気を配ってくれて、楽しみですらありますもの」
「……やっと、同じ屋敷で時間を共に出来るようになったというのに」
「ほんの数日だけですわ。またお屋敷でお世話になりますから、部屋は空けておいてくださいませ」
「俺にとっては、"数日も"だ。あなたと同じ屋根の下で眠る夜を、何年望み続けてきたか」
(私の皇城入り、まだ諦めていなかったのね)
拗ねた子供のような物言いをする殿下に、思わず苦笑が漏れる。
こうした姿を見ると年相応に見える、などと言ったら、もっと拗ねてしまうかしら。
殿下は「ミーシャ嬢」と私の右手を掬い上げ、指先に口づけを落とす。
「どうか、無理だけはしないでほしい。危険を伴う行動も」
真剣なルビーレッドの瞳に、ドキリと胸が鳴る。
けれどそれを表に出して悟られたくはないから、私は貴族令嬢らしく穏やかに微笑む。
「お約束しますわ。何よりも自分の身の安全を一番に優先致します」
殿下は満足そうに瞳を緩め、シルクへと視線を移した。
「シルク、一層の忠義を持った働きを期待している」
「はい! 傷一つ負わせないよう、全力を持ってお守りいたします」
地に片膝を付いたシルクの宣言を、ルベルト殿下はじっと見つめてから、
「……信用している」
(なに? 妙な間があったような……)
「さて、ミーシャ嬢」
突如くるりと向けられた笑顔に、動揺しながら「は、はい」と答えると、
「俺はあなたの願いを聞き届けた。今度は、あなたに俺の要求を受け入れてくもらいたい」
「……何をお望みに?」
「大したことではない。俺からの贈り物を、受け取ってほしいだけだ」
「贈り物、ですか?」
殿下が「エルバード」と騎士たちを振り返る。
それを合図に、馬の側に控えていたエルバードが騎士たちに「運べ」と指示を出した。
馬に括りつけていた荷を解いて、騎士たちが続々と家に運び込む。
唖然とする私に、殿下はにっこりと晴れやかな笑みを浮かべ、
「毛布や食糧、茶葉といった生活における些細な品だ。好きに使ってほしい」
「そんな、私の身勝手な発案にここまでしていただくなど……」
「ミーシャ嬢」
こそりと側に寄ってきたエルバードが、耳元で声を潜め、
「どうかこのままお受け取りください。でないと、今度はシルクに代わって自分が護衛として泊まり込むと言いだします」
「…………」
(想像出来てしまうのが恐ろしいわね)
「……寛大なるご配慮に感謝いたします、殿下」
「ああ。大いに役立ててくれ」
頭を下げた私に、ルベルト殿下は満足げ気に微笑んでみせたけれど。
どこかしてやったりといった風な目をしていたのは、私の気のせいかしら。
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