花に溢れた家
「ミーシャ様、本当に考えを変えられるおつもりはないのですか?」
戸惑うヴォルフ卿からこう尋ねられるのは、もう何度目か。
そのたびに「ええ」と頷いていた私は、今回も「必要なことですから」と返す。
シルクはどこか諦めたような声色で、
「ほーんと、ミーシャには驚かされてばっかりだよなあ。まさか、村に住んでる人の家に泊まりたいだなんてさ。それも、一度治療小屋に行ってから回復した人っていう条件付き」
「大掛かりな調査は、すでに調査隊がいるもの。個人だからこそ出来る調べ方をしなければ、いたずらに時間を消費するだけだわ。"私"だからこそ気が付くこともあるかもしれないでしょう?」
私がシルクとヴォルフ卿に依頼したことは二つ。
ひとつはシルクの言った通り、治療小屋に行くほどの症状が出た後に回復し、日常に戻った村人を探すこと。
もうひとつは、その中から私が選出した人に私を泊めてもらうよう交渉し、ルベルト殿下の許可を得ること。
(騎士団長であるヴォルフ卿がいて助かったわ)
ルベルト殿下を相手に"交渉"出来る人なんて、限られているでしょうから。
騎士団長であるヴォルフ卿だからこそ、執務中のルベルト殿下を訪ね、許可を得ることが出来たのでしょうね。
(私やシルクでは、もっと時間がかかったはずだわ)
わざわざ馬車を出すほどではないからと、簡素なワンピースに着替え歩く私の横で、荷物を乗せた馬をひくヴォルフ卿が「ふむ」と足を止める。
「あそこのようですな」
村の中心部から離れ、小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくるほどのどかな雰囲気の中に並び立つ、三角屋根の家々。
その中でも何色もの花に溢れたひときわ目を引く家が、私を迎え入れてくれるよう。
扉前まで向かい、コツコツと扉を叩く。
と、それを合図のようにして家の中からドタドタと音がして、扉が開かれた。
「よ、ようこそいらっしゃいましたです、巫女様……!」
息を切らしながら私を迎え入れてくれたのは、黒髪を一つに束ねた、私よりも少し歳が上にみえる女性。
なにやら作業中だったのか、普段通りなのか。薄汚れたエプロンとくりくりとした瞳が、印象に残る。
「当然押しかけてしまって、申し訳ありません。急な話だったにも関わらず、受け入れてくださってありがとうございます」
「そんなあ、巫女様が頭を下げるような身ではありません……! 何もない上に不便ばかりの家ですが、お好きに使ってくださいです。あ、まずはお紅茶! お紅茶をお淹れしたらいいですね!?」
お入りくださいです、と促してくれる彼女に礼を述べて、家の中へと踏み入れる。
二階建ての小屋は質素な造りだけれど、もっと離れた……たとえば私が整備する前のザハールよりも、平民にしては随分と裕福な印象だわ。
照明が少なく薄暗いのは同じだけれど、所々に飾られた花々のおかげでうっそうとした雰囲気はない。
壁の煉瓦と床の木が、どこか心安らぐ気さえしてくる。
(たしか、農作ではなく花を売って生活をしているのよね)
領地民として皇家への献上はもちろん、"皇家の領地"で育てられた花は、貴族に人気が高いもの。
それに、私の記憶が確かなら、家の中を飾る花々は貴重な品種が多い。
家の周囲に植えられた花もそうだった。
ヴォルフ卿とシルクは荷物を運びこんでくれるというので、私はわたわたと白磁のティーセットを用意する彼女の側による。
「よかったら、側で見ていても? 次は私が淹れますので」
「ひ……っ! み、見て頂くのは平気ですけど、次も私がお淹れしますです……! 巫女様はどうぞ、おくつろぎくださいっ」
「そうはいきませんわ。ただでさえ面倒事を押し付けている身ですもの。出来ることはしなくては。それと、私のことはぜひ"ミーシャ"と。話し方も、自然で構いませんわ。その代わり、私も楽な話し方をさせていただきます」
にっこりと優しく微笑んだつもりだったけれど、彼女は戸惑うようにしながら頷き、
「あ……は、はいです。では……ミーシャ様」
刹那、彼女ははっとしたように顔を跳ね上げ、
「私ったら、ご挨拶が遅れまして申し訳ありませんです……っ! ユフェ・ハーレストです。ユフェとお呼びください。……話し方は、これが落ち着くので、このままでお許しくださいです」
「もちろん、構いませんわ。このカップはあちらのテーブルに運んでしまっていいのかしら?」
「わわわ、ミーシャ様にそのような雑事などさせられせんで――」
「ねえ、ユフェ」
私は苦笑を浮かべながら、
「私を平民のように……は無理かもしれないけれど、この家でお世話になっている間、ユフェが使用人となる必要などないわ。それでは意味がないの。私はこの村の暮らしぶりを知りたいのだから、自分で動かなくちゃ。それに、貴族ではない家に泊まるのは、こう見えて慣れているの」
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