不完全な浄化
「大神官様、この場はいかがしましょう?」
ルクシオールならきっと、意図を汲み取ってくれるはず。
"従う者"の笑みを携えながら彼へと視線を投げると、ルクシオールは秘めた了承を伝えるようにして目元を和らげ、
「"祈り"は万能ではありません。症状の治癒は、難しいとお考えください。ですが、この場はあまりに"穢れ"が濃すぎます。この"穢れ"を祓うだけでも、症状が快方に向かいやすくなるでしょう。浄化の祈りを捧げる許可をいただけますか」
「もちろんですとも! こんなにもありがたいことはありません……! なにとぞ、なにとぞ"浄化の祈り"をお願いいたします」
(残念だったわね、アメリア)
本当は、あのままここで形ばかりの祈りを捧げて、自分こそが"聖女の巫女"だと印象付けたかったのでしょう?
大神官たるルクシオールが主体となった今、あなたに注目する者はもういないわ。それに。
(ルクシオールったら、期待以上の働きをしてくれたわね)
――"祈り"は万能ではなく、治療は出来ない。
村長をはじめ、多くの人がその言葉を聞いたのだもの。
これでもう、この地でアメリアが嘘の力を誇示して、"聖女の巫女"を語る心配がなくなったわ。
(それにしても、聖女ネシェリは治癒の力もあったはずなのだけれど……巫女にはその能力を引き継げなかったのかしら)
「――では、"浄化"を始めましょう。巫女であるお二人も、一緒に祈りを」
「っ」
ルクシオールの声にはっと気が付き、明らかに先ほどよりも表情の硬いアメリアと同じようにして祈る体制をとる。
(気を付けなきゃ)
これは"ルクシオール"による浄化のの場。間違っても、私が浄化してはならない。
手を組み、真剣な面持ちで目を伏せるも、思考は止める。
ほどなくして、同じように両手を組んだルクシオールから光が溢れた。
驚愕と感動が入り混じったどよめきの最中、光は部屋に広がり、小屋を満たしていく。
私はそっと視線を走らせ、"浄化"の様子を追う。
部屋に満ちていた"穢れ"は光を受けると、次々と姿を消していく。
――けれど。
(やっぱり、"穢れ"が多すぎるわ)
私でも、この量を一度で浄化したなら、反動でしばらく動けなくなるのは確実。
ルクシオールの話では、彼はそもそも反動を受けるほどの量を浄化することは出来ないと言っていたけれど。
(今なら注目は全てルクシオールに向いている。ほんの少しなら、こっそりルクシオールの力に紛れ込ませて"浄化"を手伝っても気付かれないんじゃ――)
「ここまでにしましょう」
「っ」
まるでタイミングを計ったかのようなルクシオールの声に、思わず彼を見遣る。
ルクシオールはどこまで気づいていたのか。穏やかな瞳でにこりと笑んでから、村長へと視線を向け、
「治療をされている方の小屋は、他にもあるのですよね? でしたらそちらにも"浄化"に向かいましょう。不甲斐なくも、私の力では一度で"穢れ"を消滅させられないほどに増え過ぎています。それこそ、小屋だけではなく村全体にも"穢れ"が満ちていますから。より効率的な"浄化"のためにも、状況を把握しなくては。まずは応急処置とさせてください」
(……そうよね)
つい、気持ちが急いてしまったわ。
この小屋だけを"浄化"すれば済む話ではない。
最悪の場合、この小屋よりも酷い箇所がある可能性だって。
(ルベルト殿下たちがいるのだから、強い"反動"を受けないようにしなくちゃ)
怪しまれるような不調を避けつつ、隠れて"穢れ"を浄化する。
そのためにも、今は手を出したらダメ。
組んでいた両手を解くと、ルクシオールはそっと目尻を和らげた。
まるで褒めるような顔に、苦笑を向けるしかない。
(あとでちゃんとお礼を伝えないといけないわね)
すると、村人たちはわっと興奮に口を開き、
「すごい、息が急に軽くなったぞ」
「私も、さっきまであんなに頭が割れそうだったのに、すっかり引いたわ……!」
「おねーちゃん、ぼく、おなかへった! きもちわるいの、なくなったよ!」
村長が「これは……」と戸惑ったようにして、ルクシオールを見遣る。
「先ほど、治癒の力はないと……っ」
「ええ、これは謎の病による症状の治癒ではありません。まだほんの一部とはいえ"浄化"を行ったことによって、"穢れ"による影響が軽減したのでしょう」
「そんな、だとすると、病状とは別に"穢れ"による体調不良者が出ていたということですか……!」
頭を抱える村長に、ルクシオールは「ですから、"穢れ"はそのままにしておいてはいけないのです」と頷き、
「"穢れ"は人への影響はもちろん、動植物にも悪い作用をもたらし、大地を枯らします。"浄化"を怠れば増え続け、いずれこの村は不毛の地となっていたでしょう。膨らめば膨らむほどに、神殿でも対処が難しくなります」
ですので、どうか。ルクシオールは村の人々へと向き直る。
「どうか私を信じ、ご協力を願います。……なんせ"聖女の巫女"様はまだ、お目覚めになられていないのですから」
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