悪女は聖女の巫女を語る
ルクシオールは気の毒そうな面持ちで、
「申し訳ありません。もっと早くに訪れていれば、お手伝い出来ることもあったでしょうに」
「大神官様のせいでは! ……私が、もっと早くに要請をすべきでした。軽い病か妙な物を食べたせいだろうと放っていたら、みるみる発症者が増えてしまい、こんな有様に……」
うう、と涙を浮かべる村長は、心底後悔しているように見える。
ルベルト殿下の話では、皇室の調査団の見解では他者に移すような"流行り病"ではなさそうだのこと。
というのも、発症者にまったくの法則性が見当たらないのだという。
ある時は同じ家に住む者が皆発症したかと思えば、突然、一人で発症することもあるのだとか。
それも、食後だったり、畑での作業中だったり。
朝、昼、夜。就寝中に発症した者もいると言っていた。
村長は目尻の涙を拭いながら、
「毒を疑い、発症した者が直前まで食べていた食事に銀の匙をさしてみたこともあります。ですが、反応はなく……」
(皇室の調査団も、毒を疑っていたわね)
これだけの人数に影響を与えていることから水を疑い、調べているようだけれど。
現段階では、水に毒が混じっている可能性は低いそう。
(なにか、思い出せないかしら。一度目の時にも、皇室の領地で騒ぎがあったような気がするのだけれど――)
すると、アメリアが「そう、ご自分を責めないでください」と村長の手をとった。
宝石のようなピンクの瞳からはらはらと涙を零し、
「お辛かったですよね。皇室の調査団をもってしても、なかなか原因が判明しないほどの難事件ですし……。私はけして、村長様の責任ではないと考えています」
「巫女様……っ」
「祈らせてください。ネシェリ様はきっと、力を貸してくださいます。被害に苦しむ方々の一日も早い回復と、これ以上の犠牲者が出ないよう、お願いしましょう」
(なるほど。こうやってあちこちで"聖女の巫女"の印象を植え付けているのね)
純粋無垢な顔でずいぶんと無責任なことが言えるのは、アメリアが"聖女の巫女"ではないからかしら。
("聖なる力"で可能なのは、"穢れ"の浄化のみ。病人を回復させる力も、ましてや、病の抑止力なんてないわ)
けれども真実など知らない村長は、心底感動したように瞳を輝かせ、
「ああ、なんと心優しき巫女様なのでしょう……っ! 深く沈んでいた心が救われる心地です。どうか、どうかその祈りで、他の者もお救いください……!」
村長の興奮した声に、病人や看病にあたっている女性達がざわりとどよめく。
向けられるのは期待に満ちた瞳。"聖女の巫女"という、偽りの希望に縋る者たちの懇願。
(……あなたは考えていた以上に酷い"悪女"なのね、アメリア)
腹の底から湧き上がるこの感情は、一言では言い表せなどしない。
怒り、不快感、歯がゆさに、失望。
元より許す気などさらさらなかったけれど。
積み重ねてきた時間の中で、微かな"情"のようなものが沸き立っていたのは否定できない。
それはもしかしたら、私に力を託した"聖女"の慈悲だったのかもしれないけれど。
おかげで、目が覚めたわ。
――ああ、この子は。
自身の目的のためならば、他人がどうなろうと、心底興味がないのだと。
(むしろ、感謝しなければいけないわね)
だってこれであなたには、ほんの僅かな"もしかしたら"も無駄なのだと知れたから。
欠片ほどの慈悲も同情も持たず、心おきなく、復讐できるわ。
(私が"聖女の巫女"だと能力を明かせば、アメリアを"悪女の巫女"とするのは簡単なのでしょうけれど)
それでは駄目。
だってアメリアには、ちゃんとこれ以上ないほどの"絶望"の中で、断罪されてもらわなきゃ。
「――今、この国において、一番の"聖なる力"をお持ちなのは大神官様ですわ」
沈黙を貫いていた私の声に、村長がはっとしたような顔で私を見た。
まるで存在を忘れていたとばかりの表情にも、私はにこりと優美に微笑み、
「幸いなことに、大神官様がここにいらっしゃいます。まだ"見習い"でしかない私達の祈りでは、残念ながら未熟でしょう。ですが、大神官様は違います。帝国に認められ、数多の実績を持ち、多くの方を救い続けているお方ですわ」
「お、おっしゃる通りで……」
この村長は随分とわかりやすい。
彼はバツが悪そうな顔でアメリアを見遣ってから、ルクシオールへと視線を移した。
先ほどまでアメリアに傾倒していたくせに、期待の対象が変わったのがわかる。
(ま、合理的な人は嫌いではないわ)
おかげでアメリアから、主導権を奪えたもの。
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