患者たちの治療小屋
(いくら前回とは異なっているとはいえ、落ちつかないわね)
ろくに言葉も交わしたこともないというのに私を排除したがっていた"あの"ヴォルフ卿が、私の護衛だなんて。
今回だって、これが"はじめまして"のはずなのに。
不思議なほど、私への印象が良いようだけれど……。
(殿下の影響なのかしら? それとも、社交界での私の評判による変化?)
とにかく、運命というものあるのなら、随分と悪戯好きなようね。
("騎士団長"は味方につけておいたほうが有利でしょうし、せっかくの好機なのだから、利用しない手はないわ)
先を歩くのは村長とルクシオールにアメリア。それと、彼女の護衛であるザック卿。
その後ろにヴォルフ卿が続き、私とシルクが彼の背を追いかけている。
私の護衛にヴォルフ卿が追加されたと知ったアメリアは、大層驚いていた。
けれどすぐに納得の表情で、
「お姉様は先日も襲撃も受けたばかりでしたものね……。ヴォルフ様、お姉様をどうかよろしくお願いいたします」
心底私を案じているような態度だったけれど、胸の内ではさぞ悔しくて、奥歯を噛んでいたでしょうね。
けれど自分は追加の護衛が必要のないほどに、"聖女の巫女"として村人たちの信頼を得ているのだと。優越感もあったに違いない。
だからほら、ああも「私が"聖女の巫女"です」と言わんばかりの笑みで、村長とルクシオールに並んでいるのでしょうね。
これから被害にあった患者の元へ向かうというのに、すれ違う村人たちに手を振ってみたりして、なんとも楽しそうなこと。
(その反面、ヴォルフ卿は随分と険しい顔をしているけれど……)
すると、「ああ、やはりだ」とリューネの声。
アメリアのまとうガブリエラの気配が嫌だからと姿を見せないけれど、私を通して事の一部始終は把握しているよう。
(どうかしたの、リューネ)
「その、新しく護衛についた男。見覚えのある顔だが、この者もガブリエラの"魅了"にほとんど影響されていないな」
(ヴォルフ卿はアメリアを信用していないってこと?)
「そこまでは分からないが、ガブリエラの"魅了"にかかるほど心を許していないのは確かだ。あの女の魔力は、自らに向けられた好意を増幅させる。そもそも種となる好意がなければ、増幅もしない」
(理由はわからないとはいえヴォルフ卿が味方なのは心強いわね)
「楽観視できる状況ではないぞ、ミーシャ」
胸中に安堵を漂わせた私に、リューネは咎めるような声をする。
「そこの村長とやらを含め、この地に住まう人間はかなりの者が"魅了"の影響を受けつつある。これではガブリエラの巫女に心酔し、アレを"聖女の巫女"として祀り上げるのも時間の問題だろう。そうなれば、"穢れ"をいくら祓ったところで、再び蔓延するだけだ」
(そうなってしまったら、私でも完全な浄化は難しくなってしまうわね)
それだけではない。皇家の領地でアメリアが力を持つことになれば、貴族界にも影響が出るのは明白。
これまで築いてきた立場も、瞬く間に崩され、奪われるかもしれない。
(アメリアへの信仰心が肥大化する前に、止めなくてはいけないわね)
ふと、村長がとある小屋の前で歩を止めた。
「こちらにございます。……どうぞ」
重々しく扉が開かれると、ルクシオールは「ありがとうございます」と告げてから、
「では、参りましょうか」
怯えたように肩を縮めた隣のアメリアを通り抜け、ルクシオールの瞳は私を向く。
頷いてみせると、ルクシオールは笑みを深め、村長の横を通過した。
どこか悔し気なアメリアが続き、私も小屋へと踏み入れる。
(これは……)
ひどい、光景だった。
小屋の中には所狭しと簡素なベッドが押し込まれ、そのそれぞれの上では、苦し気なうめき声をあげる人々が。
男も、女も。子供も歳のいった者もと様々で、食事もうまくとれていないのか、顔は青白く頬がこけている者が多い。
世話をしている女性達は賢明に水や薄いスープを与えていたり、背をさすったり、患者の額を拭ったりしているけれど、彼女たちも疲弊の色が濃く充分な休息が取れていないのは明らか。
そして、当然のごとく。
(これだけの"穢れ"が充満していては、回復出来るものも出来ないでしょうね)
「ルベルト殿下の派遣してくださったお医者様のご指示で、症状の出ている者を他の村人から引き離しているのです。この小屋以外にも、二か所。同じような小屋があります」
村長は重々しい口調で、
「主な症状として、嘔吐や下痢、腹痛やめまいを訴える者がほとんどです。療養して、回復する者もいるのですが、中には水もうけつけないほどに弱ってしまう者もおりまして……」
ぎゅう、と握られた村長の拳に、その人の"行く末"を察する。
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