デリカシーのない兄の利用価値
「今回の殿下のパーティーには、私達と同じ年ごろの子息令嬢も招待されると聞いております。おそらく二曲目は、彼らが多く混ざることでしょう。そこで、です。もし私がファーストダンスを務め、殿下と完璧なダンスをしてしまったら。デビュタント前の彼らが委縮してしまうとは思いませんか?」
「む……」
「そこで、アメリアです。彼女は確かにまだ完璧の域ではないとはいえ、充分に可憐なダンスを踊れます。お兄様もご存じの通り愛嬌もありますし、大切な殿下のパーティーを始めるにあたって、アメリアほどファーストダンスに相応しい令嬢はいないとは思いませんか?」
「そう、言われてみると……」
ふむ、と口元に手をあて、考える仕草をみせるオルガ。
アメリアは焦りを浮かべて、
「いえ、やはり私なんかよりも、公爵令嬢であるミーシャお姉様のほうが――」
「いいや。今回ばかりは俺も、ファーストダンスはアメリア嬢が相応しいと思う」
(かかったわね)
心中でほくそ笑む私になど気が付くはずもない。
オルガはアメリアを真摯な面持ちで見つめ、
「今回の殿下のパーティーは帝国中が注目している。いや、周辺諸国も含めてだ。正式にお披露目される婚約者候補とはすなわち、ゆくゆくは殿下と共に国を繁栄に導いていく聖女候補でもあるからな。ならば当然、聖女としても殿下の婚約者としても最有力であるアメリア嬢が務めるべきだろう」
(ほーんと、デリカシーのない男)
仮にも血の繋がった、しかも公爵令嬢である私を前にして、よくもまあ堂々と"お前は相応しくない"と言えるものね。
一度目の私ならば、即座に腹を立てて紅茶の一杯でもひっかけてやったでしょうけれど。
明確な目的を持つ今の私からすれば、むしろ思惑通りに動いてくれてありがとうと、拍手を送りたい気分だわ。
(そうでしょう? アメリア)
オルガに直接ここまで言われてしまったら、"純粋無垢な伯爵令嬢アメリア"は、断れるはずがないわよね。
にこにこと微笑みながら「ほら、お兄様もこうおっしゃっていることだし」とダメ押しをすれば、アメリアは私をちらりとうかがって、
「……本当によろしいのですか? お姉様。ご気分が優れないのでしたら、このお話はいったん保留とさせていただいても……」
「その必要はないわ。本心だもの」
「案ずることはない、アメリア嬢。本件で後にミーシャがなにか文句を言いだそうものなら、俺が証人として、必ずやアメリア嬢をお守りすると誓おう」
「……お二人に、そこまでおっしゃっていただけるのでしたら」
おずおずと頷くアメリアに、やったわ、と内心で勝利に笑む。
私は"いいお姉様"の顔でぱっと笑顔を咲かせ、
「そうと決まればアメリア、ドレスはいつも以上に気合をいれないといけないわね。アメリアが望むのであれば、私が贔屓にしている仕立て屋を紹介しても構わないわ」
***
アメリアの乗った馬車を見送り、やっと休めるわねと自室に戻ろうとした刹那。
「倒れた際に、頭でも打ったのか?」
唐突に投げかけられた言葉に、オルガを見遣る。
先ほどまでのデレデレとしまりのない顔はどこへやら。
その眉間には、不可解と不満がありありと刻まれている。
「それとも本当に、アメリア嬢を罠にかけるつもりではないだろうな」
(……ファーストダンスの件を言っているのね)
呆れた。
医者から容態すら聞いていないだなんて。
(そんなことだろうとは、思っていたけれど)
「お医者様の話では、頭に強い衝撃が加わった形跡はなかったとのことですわ。それに、ファーストダンスの件につきましては、さきほどお話した通りです」
「やはり、まだ頭がぼんやりしているなんてことは……」
「心を入れ替えたのです」
私はにっこりと微笑んで。
「三日間も眠り、このまま目覚めない可能性も捨てきれなかったと聞きました。……死ぬのなら、ほんの少しでも誰かに惜しまれる命でありたいと。そう、考えたのです」
「………」
何やら難しい顔で黙ってしまったオルガに、少しだけ違和感。
前の……私の記憶にあるオルガならば、即座に「お前ごときが、惜しまれる命だと?」と鼻を鳴らして蔑んできたに違いない。
(まあ、今はまだオルガも十三歳の少年だものね)
元々肝の座った性格ではないし、"死"という単語に、恐怖を感じたとて無理はない。
(可愛らしいものね)
そしてこの可愛らしさを、利用しない手はない。
私は「お兄様」と哀愁を漂わせながら、その右手をそっと掬い上げる。
「万が一の際には、お兄様にも悲しんでいただきたいと。そう、願っておりますわ」
祈るように、請うように。掠れ交じりに告げた私に、オルガが息をのむ。
途端、耳までぼっと赤く染まった。
オルガは慌てたようにして私の手から自分の手を引き抜くと、
「ほっ、本当に心を入れ替えたのなら、考えてやらないこともない!」
逃げるようにして大股で去っていく背を、ぽかんと見送る。
(十三歳のお坊ちゃまには、刺激が強すぎたのかしら)
とはいえ今の私の見た目は、十歳の少女だし……。
「お嬢様、大丈夫でございますか?」
気づかわしげに声をかけてきたのは、側で控えていたソフィーだ。
彼女は今にも泣きだしそうなのを堪えるような面持ちで、私の手をふわりと優しく両手で包んでくれる。
「わたくしは、お嬢様に何かあったら悲しゅうございます」
「ソフィー」
(オルガに手を振り払われて、落ち込んでいるように見えたのかしら)
「ありがとう、ソフィー。あなたのことが一番に大好きよ」
この言葉に嘘はない。
輝く笑顔で告げた私に、ソフィーが目尻を拭って「わたくしもでございます!」と笑む。
優しい優しいソフィー。彼女はある意味、私と同じだった。
悪女を信じ自ら不幸を選んだ、愚かな女。
だから今度は必ず、幸せにしてあげる。
「お部屋に戻りましょう、お嬢様。差し支えなければ、湯浴みのご用意をいたしましょうか」
「いいわね。お願いするわ」
そう。今度こそ破滅の運命を迎えるのは、本当の"悪女"なのだから。
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