殿下の牽制
恥じるようにして肩を寄せ、上気した頬に手を添えるアメリアの姿は、さすがの愛らしさ。
私はしてやったりの心地で殿下に「だそうですわ、殿下」と笑みを向けながら、そっとその腕から抜け出した。
「いかがなさいましょう。私達二人からの"褒美"をお望みになりますか?」
「……まったく、つくづくあなたには敵わないな」
殿下は嘆息交じりに、私が去ったことで空いた手を握る。
「邸へ案内しよう。部屋の準備も整っているようだ。これからの計画も、共有せねばな」
(ふう、なんとかうまいこと切り抜けられたわね)
安堵の息をこっそりと零した刹那、「すげーな、ミーシャ」とシルクの声。
彼はザック卿と共に、殿下を含む要人方の話し合いに参加するため離れていた。
アメリアはというと、
「私の訪問を強く望んでくださった村長様に、ご挨拶をさせていただきたいのです」
と、それらしい理由を押し出し、殿下たちについて行った。
まあ、着いて行きたい理由は、"挨拶"などではなかったのでしょうけれど。
ともかくおかげで残ることになったルクシオールと私は、護衛の関係で同じ馬車の側に待機することが出来たわけで。
「おかえりなさい、シルク」
シルクは「ああ、ただいま」と頬を掻きながら、
「あのルベルト殿下を丸め込めるのなんて、ミーシャくらいなもんじゃないか? ルベルト殿下が大人しく引き下がるのも、ミーシャ相手だからなんだろうけどさ」
「だとしても、もう少し私の立場を考えるべきだとは思わない? よりにもよって、こんな人の目が多いところで」
「そこなんだよ」
シルクは軽く腕を曲げ、私をエスコートして歩きだしながら、
「俺が思うにさ、ワザとだったんじゃねーかな」
「ワザと? ……気付かなかったわ。殿下が私を誑かして"悪女"に仕立てようとされていたなんて」
「いやいや、なんでそんなわけわかんない思考になるんだよ。そうじゃなくて、牽制ってやつなんじゃねーの?」
「牽制? 私に色目を使っておいて牽制になることなんて……まさか、愛人狙いのご令嬢からのアプローチが増えて来ているのかしら。だとしても、それならご令嬢の多いパーティーで"牽制"すべきよね」
「なあ、ミーシャ。他のことには鋭いのに、なんでこと恋愛事が絡むと一気に駄目になるんだ?」
「え?」
「令嬢じゃなくて、"男"に向かっての牽制に決まってるだろ? 殿下の"婚約者候補"だから配慮しているやつがほとんどだけれど、馬鹿なヤツってのはどこにでもいるし。ああして殿下がミーシャを溺愛してるって周知しておけば、あわよくばなんて考えるヤツを少しでも減らせるだろうってことなんじゃないか?」
「…………」
(まさか、殿下がそんなことを……?)
てっきり気まぐれに私で"遊んでいる"のだと思っていた。
けれど言われてみれば……しっくりときてしまう。
「まったく考えたことなかったって顔だな」
「……そうね」
「あんだけ分かりやすいってのに……。殿下、可哀想に」
くすん、と目じりを拭ってみせるシルクに、そんなに? と若干の罪悪感。
(だって、仕方ないじゃない)
心のどこかで、やっぱり"また"、殿下はアメリアに惹かれるんじゃないかと。
もう二度と、あんな惨めで苦しい思いはしたくないと、彼を信じすぎないように制止をかけてしまう。
("悪女"の二つ名から逃れようと、私が酷い女であることに変わりはないわね)
「なあ、ミーシャ」
シルクはおずおずとした、労わるような声で私の顔を覗き込む。
「ルベルト殿下はさ、ミーシャのこと、本当に大切に思ってるよ。俺があの人と出会った時から、変わらず」
「……覚えておくわ。他の誰でもなく、シルクの言葉だもの」
シルクがへへ、と照れたようにしてはにかむ。
それからふと、私は湧き上がった興味から、
「ねえ、シルク。あなたも"あわよくば"って考えたこと、あるの?」
「へあ!? あ、あー、それはだな……ホント、なんてこと聞くんだよ」
シルクは片手で顔面を覆うと、ぐったりしたような口ぶりで、
「俺はミーシャも殿下も"大事な人"だから、二人が幸せになってくれるのが一番だけど……」
「だけど?」
「ミーシャが逃げたいって言ったら俺の全部を使って逃がすし、一緒に来てほしいって言うんなら、どこまでだって一緒に行く。つまりは、そーゆーこと」
覚えておけよ、と。
視線を合わせようとしないシルクの耳は、真っ赤に染まっていて。
(それが、シルクの"あわよくば"なのね)
随分と行儀がよくなったものね、なんて、出会った頃をつい懐かしく思い返したりなんかして。
「シルクだって、幸せになってくれないと嫌よ。私にとってシルクは、"大事な人"なのだから」
「なら、心配ないな」
シルクはニカッと青年の顔で笑む。
「俺の幸せは、ミーシャと一緒にあるからさ」
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