褒美の口づけですって?
「ご相談もなく同行を決定させてしまい、申し訳ありません、ルクシオール様」
馬車から降り立った私の小声での謝罪に、ルクシオールは同じく「いいえ」と囁いて腰を屈め、
「ミーシャ様のご用命とあれば、これ以上に光栄なことはありません。それに、ご指名いただけずとも、ミーシャ様が向かわれるとなれば同行するつもりでした」
(なら、黙って待っていたほうが良かったかもしれないわね)
いいえ、それでもルクシオールを確実に連れて来るのなら、やっぱり私が直接願い出る必要があったはず。
"大神官"の申し出だけでは、ルベルト殿下がルクシオールの同行を拒絶する可能性があったもの。
「いずれにせよ、ルクシオール様が来てくださって助かりましたわ。……見えますか」
私の問い賭けに、ルクシオールは穏やかだった眼差しを強いものに変え、私ではなく前方を見据えて頷く。
「あの濃さでは、報告よりも多い死者が出ていてもおかしくはないですね」
「……同感ですわ」
村を覆うようにして浮遊する"穢れ"の濃さを憂うルクシオールに、やっぱり彼を連れてきて正解だったわねと内心で息をつく。
皇室の調査団では原因が明瞭にならず、長引く調査。
時間と共に増え続ける、多くの体調不良者。
死者は一人と聞いていたけれど、"穢れ"の発生条件があまりに多いもの。
これまでの経験から現状は想定できたから、驚きよりも納得の方が強い。
「お一人で浄化が可能な範疇ですか?」
「出来なくはない、というのが本音ですね。見えている全てを浄化するだけでも、数日を要するかと。加えて新たな"穢れ"が発生し続けるようでは、それなりの期間を要するのは確実です」
(やっぱり、私が浄化を手伝うべきね)
これだけの規模となると、多少の反動は確実でしょうけれど。
もたもたして"穢れ"が体調不良者に悪影響を及ぼしては、ルクシオールの言う通り新たな"穢れ"が増えていくだけだもの。
「……他に見つからないよう、策を練る必要がありますわね」
特に、今回はルベルト殿下がいる。
昔から何かと敏いあの人の目を忍んで、うまいこと浄化をしなくては。
と、ルクシオールは自身の胸元に手を遣りながら、すまなそうに眉尻を下げる。
「申し訳ありません。私にもっと力がありましたら、ミーシャ様のお手を煩わせることなく済みましたのに」
「ルクシオール様がいてくださらなければ、出来ることも出来ないまま、もっと困難な事態に陥っていましたわ。ですので今は、周囲に悟られることなくどう成すか、共に考えてください」
ルクシオールの存在は大きい。
浄化を悟られたとしても、彼の手柄にしてしまえばいいのだもの。
企てが周囲に聞こえないようにと、ルクシオールの耳元へ向かってぐっと背を伸ばした、刹那。
「――本当に、俺を翻弄するのが上手いな、あなたは」
「!?」
いつの間にか腹部に回っていた腕が、ぐいと私とルクシオールを引き離す。
でんか、と弾かれたようにして背後を見遣ると、ルベルト殿下は「随分と退屈させてしまったようだな」と私の髪を掬い上げて口づけた。
「それで、渋々あなたから離れ所要を済ませてきた俺に、褒美の口づけはしてもらえないのだろうか」
「な……!? ルベルト殿下、このような場で軽率なご冗談はお止めください」
「俺は本気で望んでいるが?」
ルクシオールやアメリアどころか他の目も多いというのに、何てことを言うのよ……!
(いつものように強く言い返しては、分別のつかない高慢な女として噂されてもおかしくはないし)
かといって頷いて、本当に口づけを迫られては厄介だし――。
(そうだわ、アメリアがいるじゃない)
はっと閃いた私は、「ルベルト殿下」と心底悲し気な顔をして、
「"婚約者候補"に褒美の口づけを望まれるとは……あんまりですわ。殿下は"婚約者"となった一人を慈しんでくださる、誠実な方だと思っておりましたのに」
「! いや、俺はあなた一人だけを望んで――」
「殿下の婚約者となれるのは、"聖女の巫女"のみ。どうやらこの村でも"金の髪を持つ少女"が"聖女の巫女"だと噂されているようですから、殿下が私だけに"褒美"を与えらえては、印象が悪くなるのではありませんか? どうしてもとおっしゃるのであれば、アメリアからも受けるべきです。ねえ、アメリア。あなたもそう思うわよね?」
問うようにしてアメリアを見遣ると、耐えるようにして黙っていたアメリアが「お姉さま……!」と感動したように目を輝かせた。
それからちらりと殿下を見遣ると、ぽっと頬を染め、
「私は、殿下が望まれるのでしたら」
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