殿下と交換条件のおねだり
「ミーシャ嬢、折り入って相談があるんだが」
皇城の庭園でアフタヌーンティーをいただいていた私の対面で、ルベルト殿下はにこりと優美に笑む。
多くの令嬢が頬を染めるであろう表情にも、今の私には嫌な予感が増すだけでげんなりとするばかり。
もちろん、顔に出すなどという愚かな真似はしないけれど、必要以上に隠すつもりもない。
「私がお力になれるかは、保証致しかねますわ」
「問題ない。むしろ、ミーシャ嬢がいなくては話にならない事項だからな」
「私に関係が?」
殿下はくっと口角を吊り上げる。
「皇家が管理している地のひとつで、多くの体調不良者が出ている。調査団を派遣したが、原因は掴めずでな。俺が直接向かうことになったのだが、あまりにも不可解なために神官も同行させるべきだとの声が大きい。加えて近頃"聖女の巫女"が各地で祈祷をしているという"噂"が現地でも広まっているらしく、"聖女の巫女"の派遣を強く希望されているのだが……。ミーシャ嬢の意見が聞きたい」
「…………」
(各地を回っている"聖女の巫女"って、アメリアのことよね?)
一瞬、隠れて浄化を続けていることがバレたのかと思ってしまったわ。
けれど殿下なら――もしも私が"聖女の巫女"だと知ったのなら、こんな回りくどいお伺いなどたてないでしょうし。
(まったく、アメリアの影響ね)
一度目では殿下主導の遠征に付き添う機会など、なかったはずだもの。
「殿下が必要と判断されたのでしたら、私達は従うまでですわ。わざわざ私の意見を尋ねる必要などないのでは」
「遠征には数日を要する。ミーシャ嬢は何かと多忙だろう。相談もなく俺の指示ひとつでその身を拘束するには、気がひけてしまってな。要するに、配慮も出来ない男だと嫌われたら困るという話だ」
(え、うそ。私に気を遣ってくれたってこと?)
思わず唖然とする私に、殿下は「それと、もう一つ」と肩をすくめ、
「俺にアメリア嬢の行動を制限する権利はないからと、好きにさせていたが……ひどく、後悔したものだ。まさか、俺が判断を誤ったことで、ミーシャ嬢が危険にさらされるとは」
(先日の襲撃事件のことね)
私は首を振り、
「殿下の責任ではありませんわ。それに、殿下がお貸しくださった護衛騎士のおかげで、助かりましたもの」
「だが"噂"をそのままにしていては、これから同様の事態が発生する可能性も否定できないだろう」
(ああ、そういうこと)
今回の遠征先は皇家所有の地。
そこに私とアメリアの二人が向かえば、"聖女の巫女"候補の二人が来たという実績が出来る。
さらには私がアメリア以上の"聖女らしさ"を見せれば、"噂"に変化が生まれる可能性が高いものね。
(殿下は罪滅ぼしも兼ねて、私に反撃の機会をくださろうとしているのね)
いえ"反撃"だと思っているのは私だけでしょうから、挽回かしら。
「殿下はお優しいのですね」
何気なく言ったのだけれど、殿下は思いつめたような顔をした。
「不甲斐ない男ですまない」
「へ? 不甲斐ないだなんて、微塵も………」
「あなたを危険にさらしたばかりか、火消しも自分では満足に出来ない、不甲斐ない男だ。これまでミーシャ嬢を襲った者たちは、現在の法で可能な限りの罰を与えている。だが、それだけでは抑止力にはならなかった。ならばいっそ、法を越えた罰を与えるべきなのだろう。俺にはそうできるだけの権力がある。だが………ミーシャ嬢の安全が脅かされているというのに、出来なかった。あげく、こうしてあなたに頼むほかないなど……あまりに不甲斐なく、情けない」
殿下はちらりと上目で伺うようにして、
「そう、自覚しているにも関わらず、どうか愛想を尽かさないでほしいと願わずにはいられないのだが……。聞き届けてくれるだろうか」
「そ、れは」
(ち、違うわ! ちょっとドキリとしたのは殿下もそんな表情をするのねって驚いたからで! けして! ときめいたワケでは……っ!)
そうよ。私の知る殿下は、いつだって自信に満ち溢れていたものだから。
まさかこんな、不安気で甘えるような、弱々しい顔もされるなんて……考えたこともなかった。
私はこほんと一つ咳払いをして、
「どんなお姿をされても、殿下は殿下にございます。これまで重ねた過去がなくなるわけではありませんし、全てに完璧な人間などおりませんもの。それに……殿下が個人的な感情を優先し、法を乱す暴君ではないと知れて安堵しましたわ」
思い返してみれば、私の命を奪った一度目の殿下もそうだった。
あの時も殿下は私の犯した"罪"だけを並べたて、その罪状に従い"罰"を下した。
長い間、殿下はアメリアへの恋心から、確実にアメリアと結ばれるために邪魔者だった私をこれ幸いと排除したのだと思っていたけれど。
(リューネが、花を添え続けてくれていたと言っていたわね)
あの時の殿下は、いったい、何を考えていたのかしら。
ただひたすらに殿下に心酔していた私を疎んでいたことも、アメリアには穏やかな瞳を見せていたのも、違わないはずだけれど。
それでも、もう少し。
こうして話を交わせるくらいの関係を築けていたなら、私の最期も、違ったものになっていたのかもしれない。
「……殿下」
私は目の前の彼に焦点を合わせ、ふわりと蠱惑的な微笑みを浮かべてみせる。
「私もひとつ、"おねだり"をさせて頂いてもよろしいでしょうか。殿下の、婚約者候補として」
途端、殿下はぴっと姿勢を正した。
「ああ。なんでも叶えてみせよう」
「ありがとうございます、では」
私は小さく息を吸ってから、
「神官は大神官を……ルクシオール・カルベツ様を同行させてくださいませ」
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