護衛騎士だけれど友人だから
小走りで向かってきたシルクが、「悪い、待たせた」と馬車の扉前で待つ私に手を差し伸べる。
「別に、よかったのに」
縛られた男をチラリと横目で見遣ると、私を睨むでも罵倒するでもなく、呆然と地を見つめている。
シルクの言葉が効いたのは明白。
私としてはアメリアへの信仰心に揺さぶりをかけられればよかったから、ご希望通り"悪女"らしい去り方をしてあげようと思ったのに。
途端、シルクは「ったくなあ」と不満気に唇を尖らせ、
「俺はミーシャが大事だから、ミーシャを狙ってきたことも、何も知らないくせに悪く言いやがるのも、すんげー嫌なんだ。たとえミーシャが気にしなくても、俺は許せない」
「……護衛騎士の任務に、そんな私情をはさんで平気なの?」
シルクは「なに言ってんだ」と呆れたようにして、
「俺は護衛騎士である前に、ミーシャの友達だろ? もちろん、護衛騎士としての役目もこなすけどな」
「……本当、私にとってこれ以上の"友達"はいないわね」
シルクは満足げに「だろ?」と歯をみせる。
私の掌を乗せた手とは反対側の手を使って、馬車の扉を開けた。
それからすっと、冷めた瞳を男たちに向け、
「アイツ等の処分はルベルト殿下がお決めになるはずだ。二度と馬鹿な考えが浮かばないように、しっかり反省してもらわないとな」
***
「ミーシャ! 無事か!?」
ヘレンを店に送りとどけ、本邸へと戻ったが直後。
扉から飛び出してきたオルガに、シルクの手を借りつつ馬車から降り立った私は、思わず「お兄様!?」と声を上げる。
シルクを突き飛ばさん勢いで駆け寄ってきたオルガは、なんとか配慮した力加減で私の両肩をつかむと、
「ミーシャの乗った馬車が男どもに襲撃されたようだと、騎士団から早馬がきてな。怪我はないか? こんなことなら、俺も共に行くんだった」
「ご心配をおかけしてごめんなさい、お兄様。シルクが守ってくれたので、馬車の中にいた私はかすり傷ひとつありませんわ」
「そうか。シルク、よくミーシャを守ってくれた」
「当然の働きをしたまでです」
騎士然として恭しく頭を下げるシルクに、オルガが満足げに頷く。
それから再び私へと視線を戻し、
「疲れたろう、ミーシャ。紅茶でも飲んで休むと良い。調理場でもミーシャのために、たくさん菓子を焼いていたからな。俺はそろそろ出なくてはならないが……ああ、シルク。労いだ。ミーシャと一緒に席につくといい」
「いいんですか!? 感謝します、オルガ様!」
「ありがとうございます、お兄さ――」
その時だった。
「――なぜ、騎士団に直接引き渡さなかった」
「!?」
頭上から届いた低い声に、跳ねるようにして見上げる。
シルクは即座に膝を折り、頭を垂れた。
なぜなら二階の手すりから、私達を見下ろすのは
「……ごきげんよう、お父様。お戻りになられたのですね」
「質問に答えろ」
お父様は鋭い目尻を吊り上げ、
「奴らを木に縛り付け、その場を発ったのはなぜだ。逃げられでもしたら、どう責任をとるつもりだ」
(ろくに領地を気にもかけず、本邸にもいない人が偉そうなものね)
お父様は普段、領地のひとつであるブルッサムの館に滞在していることが多い。
ブルッサムは生前のお母様がとくに愛した地だと聞いている。
お母様の髪と同じ、柔らかな薄紅色の花が多く咲くのだという。
時折こうして本邸にも顔を出すのは、あくまで当主は自分なのだと誇示するためでしょうね。
皇帝からの呼び出しがあれば、即座に参上しているようだし。
「……申し訳ございません。騎士団の到着を待つまでの時間が、惜しかったものですから」
「ふん。女のくせに領地の改革だ事業だと……。万が一皇室に上がることになった際に、"使えない"身体では意味がないのだからな。己が存在する一番の役割を忘れるな」
階段を降りて来たお父様は、低頭するオルガを横目で睨み、
「オルガ。お前もロレンツ公爵家の品位を貶めるような行動は慎め。ただ与えられた仕事をこなしただけの者を、労う必要などない」
「……申し訳ありませんでした、お父様」
お父様はシルクを見下ろしながら舌打ちをして、
「片や誰もが知る騎士団の逸材を贈られたというのに、当家に贈られたのが平民上がりの田舎者だなんて、笑い者もいいところだ」
返答など聞きたくもないとばかりに、お父様が扉を出ていく。
またブルッサムに戻るのね。
慌てた使用人が最後だと思われる荷物を手にその後を追っていき、扉が閉められたのを確認してから、私達は「ふう」と頭を戻す。
「すまなかったミーシャ、先にお父様のお戻りを伝えるべきだったな」
「お兄様のせいではありませんわ。それに、"急な嵐"にも慣れてきましたから。シルク、ごめんなさい。あなたにまで酷いことを……」
「いや、確かに俺は平民だし、公爵様が落胆されるのも無理もないしな。あの程度の小言、なんの問題もないって。それよりも……」
シルクはちろりとオルガを見遣って、
「俺、けっきょく菓子はお預けですかね?」
「…………」
ぷ、と噴き出した音が、オルガと重なる。
オルガはハハハッと笑い声を上げながら、
「見ての通り、お父様は出ていかれてしまった。お父様が不在の間は、この俺が邸宅の最高決定者だ。よって、シルクには当初の予定通り褒美をとらせる。ミーシャひとりでは食べきれない量の菓子だったしな。手伝ってやってくれ」
「! 最善を尽くします!」
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!




