馬車への襲撃
「ほんっとうにいい買い物をしました……っ! 話では聞いていましたけど、現物を手に取るのは初めてなんです! ああ……あんなにも鮮やかで、それでいて上品でまとまりのある刺繍があるなんて……。連れて来てくださってありがとうございました、ミーシャお嬢様」
揺れる馬車の中、対面に座するヘレンが感極まったようにして、ペコリと頭を下げる。
両手で大切に抱きかかえられている布袋には、港町の商店で購入してきた異国の布製品がたっぷりと詰め込まれていて、ちょっとしたクッションのよう。
私は店内を輝く瞳で吟味していたヘレンを思い出しながら、
「気に入ってもらえてよかったわ。ヘレンの悩みも解決できるといいのだけれど……。新作のいい案が浮かばないと、相当煮詰まっていたでしょう?」
すっかり有名店となり、立派な店舗にお針子を何人もかかえる"ベルリール"だけれど、やはり要はヘレンの描く唯一無二のデザインと繊細な刺繍。
そんなヘレンが近頃随分と頭を抱えていたようだから、気分転換も兼ねて馬車で連れ出してみたのだけれど。
ヘレンは心打たれたように瞳をうるうるとさせ、
「お嬢様……ご心配をおかけしてすみませんでした……っ! ですが、ご安心ください! おかげ様でバシバシ新しいデザインが浮かんできて、今すぐにでも書きだしたいほどです!」
(良かった、いつものヘレンに戻ったようね)
満足に笑むと、ヘレンは「それにしても、ちょっと驚きました」と思い当たったようにして、
「ミーシャお嬢様が港町の、あんな奥まった路地の店をご存じだなんて……。それも、そのように町娘の姿をされてまで通われているとは」
「香水瓶のペンダントトップを考えていた時に、似たものが既に売られていないか港町で調べていたの。他国のものが豊富なのはあの辺りでしょう?」
(まあ、嘘ではないものね)
本当は一度目の時、他国から持ち込まれた香水瓶のネックレスを一番に売り始めたがあの店だったから、気にしていたのだけれど。
ヘレンは「さすがはミーシャお嬢様です!」と感動の瞳を向けてくれているし、細かい差異など大した問題ではないわ。
(次のドレスも楽しみね)
ヘレンの店に着いたら、お針子の皆にも心配ないと伝えてあげなきゃ。
そんなことを考えた刹那、
「きゃっ!?」
「な……っ!」
ぐんっと突然に止まった馬車に、ヘレンと短い悲鳴をあげる。
見た目こそ貸馬車のようだとはいえ、手綱を握るのはロレンツ家の御者。
あまりに不自然な急停止に困惑しながらも、「ヘレン、大丈夫?」と体制を立て直す。
「は、はい。お嬢様もお怪我はありませんか?」
「ええ、問題ないわ。それにしても……様子が変ね」
明らかな失態だというのに、謝罪すら聞こえない。
どころかどうにも、外が騒がしいような。
ますます疑問が募り、ヘレンと顔を見合わせた私は様子を伺おうと窓のカーテンに手を伸ばした。刹那。
「"お嬢様"!」
「!」
(シルク?)
彼が私を"お嬢様"と呼ぶのは、何かしら理由のある時。
反射的に手を止めた私の姿は見えていないはずなのに、シルクはどこか褒めるような声色で、
「そのままじっとされててください! ――すぐに終わらせてやっからな」
(緊急事態のようね)
町娘に扮した私に合わせ、シルクも荷運び人の姿でついきてもらった。
貴族向けの高価な荷を運ぶ男性は、荷を守るために剣を携えていることも少なくないから。
(貴族と気づいた賊の襲撃かしら。それとも、"私"を狙っての――)
「お、おじょうさま」
囁くような声に、はっとヘレンを見遣る。
今にも倒れてしまいそうなほどに青白い顔。カタカタと震える手は、恐怖の現れ。
私は立ち上がり、ヘレンの横に腰かける。その手を擦ってあげながら、
「しばらく静かにして待っていましょう。すぐに終わらせると言っていたから、ほんのしばしの辛抱よ」
「すみません、こんな、情けないお姿を……。お嬢様だって、お怖いはずですのに」
「それがね、私はちっとも怖くなんてないの」
「え……?」
「ヘレンも安心していいわ。私の護衛騎士はね、ちゃんと強いから」
「――終わったぞ、"お嬢様"」
知った軽やかな声と共に、馬車の扉がコツコツと叩かれた。
私は「ね?」とヘレンの背を撫でてから扉に近づき、
「開けてもいいかしら」
「ご随意に。あまりいい眺めではないけどな」
扉を開けると、シルクが手を差し出してくれる。
その手を借りて降り立つと、がくりと項垂れた中年の男が三人、木の根元にロープでぐるぐると巻かれていた。
その身なりは賊というより平民の出で立ちで、離れた箇所に集められた武器も桑などの農具ばかり。
「目的は聞いている? シルク」
「あー、"悪女の復活などさせるものか!"っつってたから、ミーシャ狙いっぽい?」
「もう少し何か聞きだせていないの?」
「わり、三人とも一発で伸びちまって、話してる暇もなかったんだよ。まあ、戦い慣れてねえのが丸わかりだったし、貴族相手にしょっちゅう繰り返してる賊ではないだろうな。ま、詳しい事情は騎士団でたっぷり話すことになるだろ。"いつも通り"にな」
「……そうね」
近頃、こうして私を狙った襲撃が増えた。
それは今回のように明らかな平民であったり、時には、何者かに雇われた"ならず者"だったり。
脳裏に、お気を付けくださいと言ったルクシオールの姿が過る。
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