新たな駒と銀狼の憂い
「"聖女の巫女"自ら名乗り出るか、審判の日を待つか。いつかは真実が明かされる時がきます。それまで待とうと決めていたのですが……。どうしても、心配になったのです。近頃、妙に"穢れ"が増えていることにお気づきですか?」
「っ、私の気のせいではなかったのですね」
ルクシオールは神妙な面持ちで頷き、
「私が大神官として"穢れ"の浄化を担うようになってから、このような事態は初めてです。おそらくは、"聖女候補"とされているお二人が十六歳となり、審判の日が近づいていることと関係しているのではないかとは思うのですが……。それが、ガブリエラの魂によるものなのか、彼女の巫女がなにかを仕掛けているのか。はたまた、もう一人の聖女候補を"聖女の巫女"としたい何者かの策略なのか。私にも、判断ができかねます」
ミーシャ様、と。
ルクシオールは真摯な瞳で私をまっすぐに見つめ、
「お気をつけください。それをお伝えしたく、こうして無礼を承知でお会いしたのです。私も浄化祈祷を増やしてはいますが、このままではいずれ何者かにあなた様の存在を勘づかれてもおかしくはありません。今回の私のように、罠をはりミーシャ様をおびき出そうとする者もいるやもしれません。どうか、より一層の警戒を」
ルクシオールはすっとその場に跪くと、私のスカートの端を持ちあげ恭しく口づける。
「神官は聖女ネシェリの下僕。私はミーシャ様の忠実なる駒です。どうぞ、いいようにお使いください」
「カルベツ様……」
「ルクシオールと」
「……ルクシオール様。ご忠告、感謝いたしますわ。ご協力のお申し出も、非常に心強く思います」
「お力になれたのなら、喜ばしい限りです」
「ですが金輪際、このような奇策はお控えください。そして私が"聖女の巫女"であることは、内密に」
ルクシオールは頭を垂れて、「承知しました」と告げてから立ち上がる。
その表情はどこか晴れ晴れとしていて、本当に、彼は私を案じてくれていたのね、と。
「ときに、ルクシオール様。私が現れるまで森で待機されていたのですよね? 訓練を受けた騎士でもないのに夜の森に一人で留まるなど、あまりに危険ですわ。それこそ、罠をはるのなら"森"でなくとも……」
「面目ありません。急な浄化の報を受けた時に、機は今しかないと思ったものでして……。何事も起きずに安堵しております。ミーシャ様におかれましては、すでに精霊との契約を済まされているようですね」
「もしかして、ルクシオール様にも見えるのですか?」
「いいえ、残念ながら。精霊の存在を感知し、その姿を見ることが出来るのは"聖女の巫女"だけと伝え聞いています。ミーシャ様がこの場に突然現れましたので、おそらくは精霊の手助けによるものだろうと考えた次第です」
(だから精霊たちは私を頼るのね)
納得した矢先、
「――なぜ、聖女の巫女ではない者が"浄化"を行える」
(リューネ?)
そういえば大神官であるルクシオールにリューネの存在を知られては困るからと、今日は神殿の訪問時からリューネには姿も気配も消し、眠ってもらっていた。
屋敷に戻った私がこの地に運んでほしいと頼んだ時も、「浄化がきちんと済んでいない地があるの」と言って運んでもらったから、ルクシオールが浄化を行えるのを知るのは初めてだったのね。
(でも、どうしてそんなにも動揺しているのかしら)
リューネはルクシオールを睨むようにして、鼻頭に皺を刻み、
「"浄化"を行えるのは、"聖女の巫女"だけだったはずだ」
「ミーシャ様?」
「あ……あの、ルクシオール様。"浄化"を行えるのは、"聖女の巫女"だけだったのでしょうか。私と契約を結んでいる精霊が、とても驚いていて」
「精霊様が?」
ルクシオールは少し考えるようにしてから、
「神殿の記録では、はじめの"聖女の巫女"様がお隠れになられた後より、時折"穢れ"の見える者が現れたとされています。感知力は様々ですが、神殿は"穢れ"の見える者を神官や巫女として迎え入れ、"浄化"の訓練を行いました。ですが、"穢れ"の見える者すべてが"浄化"が可能、というわけではなかったようです。浄化にしても、かなり個人差があるうえに、"聖女の巫女"には到底及びません。それでも"聖女の巫女"が不在の期間は大神官が中心となり、微力ながら、"浄化"を行うことでこの国平和を保ってきたとされています」
お答えになりましたでしょうか、と。
不安気に尋ねるルクシオールに、リューネは重々しい口振りで「……そうか」と呟いた。
「全てを一人で抱える必要は、なくなったのだな」
ぽそりと落とされたのは、昔を懐かしむような優しい声。
リューネは気を取り直したようにして身体を震わせ、
「付き合わせてすまなかったな、ミーシャ。急ぎ、戻ろう。不在を勘づかれては厄介だ」
「え、ええ、そうね。ルクシオール様、今夜はこれにて失礼させていただきますわ」
「はい、また神殿でお待ちしております」
お気をつけて、と見送るルクシオールに会釈して、私はリューネに乗り自室に戻ってきた。
シルクはもちろん、見張り番にも気づかれてはいないよう。
部屋の中は静まりかえっていて、誰かが踏み入れた気配はない。
私はちらりとリューネを見遣る。
窓辺で座し夜空を見上げる彼の姿は絵画のように美しいけれども、その横顔は遠い過去に記憶を馳せているようで、どこか憂いを帯びている。
(きっと、リューネが以前言っていた"請われるままに祈り続け若くして死した者"って、初代の聖女の巫女のことだったのね)
たしか初代の聖女の巫女は、皇妃となった聖女ネシェリに仕えていた若い侍女だった。
自らの死を悟った聖女ネシェリが、この国を守るためにとその少女に"聖なる力"を分け与えたのだと教えられた。
「――ミーシャ」
向けられた金の瞳に、私ははっとして、
「ごめんなさい、考え事の邪魔をしてしまったわね。私は眠るからゆっくり――」
「あの者のことはまだ、信用しすぎるな。以前は早いうちに"ガブリエラの巫女"に魅了されていたのかもしれないが……あれほどの"聖なる力"を持ちながら、以前の生ではミーシャに気づかずにいたのだと考えると腹立たしい」
「……え?」
「どうした」
「あ……いえ、ちょっと驚いただけよ。今考えていたのが、私のことだとは思わなかったから」
「私はいつだって、そなたを一番に考えている」
「……ありがとう、リューネ」
すると、リューネは立ち上がり私へと歩を進めてきた。
ベッドから下ろした私の足に、するりとその身体を寄せる。
「ミーシャ、そなたを回帰させることが出来たのは、以前のそなたに巨大な"聖なる力"が残ったままだったからだ。今のそなたは、幾度も重ねた浄化によって、少しずつその命と"聖なる力"を失っている。この先何が起きても、もうそなたを回帰させることは出来ない」
だからこそ、と。リューネは鼻先を私に向け、
「今の生を、大切に、楽しんでくれ。人間の生は、あまりに短く、儚いのだから」
「……ええ。ありがとう、リューネ」
私はゆるりとその頭を撫でる。
「あなたがくれた命だもの。ちゃんと粗末にすることなく、全ての決着をつけるわ」
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