大神官の罠
祈るふりをしながら薄目で伺っていると、やがて光が小さくなり消えた。
瞬間、私は違和感に思わず固まる。
(うそ、まさか……)
「終わりました」
ルクシオールの晴れやかな声に、落胆に似た衝撃が胸中を覆う。
(っ、駄目。動揺を悟られちゃ)
今まさに祈りを止めましたといった風に顔を上げ、穏やかな笑みを携えたルクシオールに微笑み返す。
「"浄化"はうまくいったのでしょうか?」
「はい、つつがなく」
アメリアは感極まったようにして瞳をうるうるとさせながら、
「これでこの地に眠る子たちは、救われたのですね。よかった……」
と、神官が興奮おさえきれずといった風にして、
「さすがです、ルクシオール様! あれほど広がっていた"穢れ"をすっかり消し去ってしまうとは……!」
「すごいもんだな。よく分かってねえ俺でも空気がこう、綺麗なったつーか、明るくなった感じがするぜ」
驚いたようにして、きょろきょろと周囲を見渡す村人。
その目にはルクシオールへの尊敬と感謝が滲んでいる。
そんな二人に「後は我々にお任せください」と告げられ、私達は馬車に戻ることに。
「大神官様ってすごいんだな」と耳打ちしてきたシルクも含め、場の皆が晴れやかな心地でいるようだけれど。
(……やっぱり、"聖女の巫女"の力は格別なのね)
あの場の"穢れ"は、まだ残ったまま。
とはいえかなり薄まっていて、このまま放っておいてもじきに消えるだろう程度だけれど――。
***
「ミーシャ、この程度ならばさして問題ないと、そなたならわかっているだろう?」
責めるような声色で、リューネが歩を止める。
私は「そうなのだけれど」と、すっかり夜に静まる草むらにその背から降り立ち、
「一度関わってしまったのだから、中途半場では終わらせたくないの」
(よかった。ちゃんと埋められているわ)
辺りに散乱していた死骸はどこにもなく、ところどころに盛り上がった土がある。
草木に付着していた血も、残っているとはいえかなり色が薄まっているように見えるから、きっと水を運んで来てまいたのね。
(こんなに丁寧に処理をしているなんて……神官のこと、少し誤解していたのかもしれないわ)
彼らが興味を持ち、敬うのは"聖女"だけ。
いいように立場を利用して、平民からは"寄付"の名目で金品を巻き上げる。
一度目の私は、彼らをそう判断していた。
「……早く終わらせてしまいましょう」
両手を胸前で組み、瞼を伏せる。
浄化の手順はすっかり慣れたもの。昼間に我慢したことでモヤモヤとしていた感覚を打ち消すようにして、祈りに聖なる力を込める。
「……こんなものかしら」
終了の気配に目を開ける。
先ほどまで漂っていた薄い靄はすっかり消え、美しい月明りが森の静寂を静かに照らしている。
(これでやっとすっきり寝られるわ)
「帰りましょうか、リュ――」
「ああ、やはり。あなた様なら来て下さると信じていました。ミーシャ様」
「!?」
がさりと動いた茂みを跳ねるようにして見遣ると、そこに立っていたのは。
「っ、大神官様ともあろうお方が狩猟趣味ですの? カルベツ様」
神殿の服ではなく、狩猟に出る平民に似た服装をしているけれど、ルクシオールに間違いない。
(いったいどこから見られていたのかしら)
焦りを必死に押しこむ私に、踏み出したルクシオールは「どうか、警戒なさらないでください」と穏やかに笑む。
「まずは謝罪を。他に妙案が思い浮かばなかったとはいえ、あなた様を策に嵌めるような真似をしてしましました。大変、申し訳ございません」
「……説明を願えますか」
「まずは結論から。私はあなた様の味方です。聖女ネシェリの愛し子、ミーシャ・ロレンツ公爵令嬢」
(やっぱり、見られていたのね)
「実のところ、以前よりミーシャ様が"聖女の巫女"ではないかと考えていたのです。ですが、決定的な証拠もなければ、ミーシャ様も隠されているようでしたので……。あえて、"穢れ"を残してみせたのです。あなた様ならきっと、こうして戻ってきてくださると信じて。なんとも美しい"浄化"でした。やはり、"聖女の巫女"は別格ですね」
「……私を"聖女の巫女"だと公表されるのですか。それとも、黙っていてほしくば要求に従えと、脅されるおつもりで?」
「とんでもありません。言いましたでしょう? 私は、ミーシャ様の味方です。あなた様が隠せとおっしゃるのなら、たとえ拷問を受けたとしても私の口から真実が語られることはありません。無論、あなた様に特別な要求などもってのほかです」
(ますます訳がわからないわ)
「なら、いったいなぜこのような"罠"を?」
「すべてはミーシャ様をお守りするためです」
ルクシオールは更に歩を進め、月に似た金の瞳で私を見下ろす。
「私が最初に疑ったのは、ネルル湖における騒動の時です。報告に上がっているだけでも多くの野鳥があの湖で犠牲となり、更には調査隊と称して多くの騎士が踏み入れたというのに、現地に派遣した神官からは"穢れ"の気配はないとの報告を受けました。通常ですと、考えられないことです」
「!」
「その後も、何度か"穢れ"が発生していてもおかしくはない状況だというのに、いっさいの痕跡を感じ取れないことが何度かありました。決定的だったのは、"穢れ"の報告を受けたにも関わらず、後日現地に赴いたところ消滅していたことです。あの時私は確信しました。"聖女の巫女"はすでに目覚め、秘密裏に浄化活動をなされているのだと」
(そんな前から気付かれていただなんて……)
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!




