大神官と"穢れ"の浄化
「あの、ルクシオール様。そちらは巫女でらっしゃいますよね?」
おずおずとしながら尋ねる神官に、ルクシオールが「ええ、人手が多い方が良いかと思いまして」と朗らかに返す。
と、神官は「それが」と困惑気味に、
「この先の光景は、神殿の巫女とはいえ女性には少々酷かもしれません」
「……そうでしたか」
ルクシオールは振り返り、私達にだけ聞こえるようにしてそっと囁く。
「どうやらかなり酷い状態のようです。いかがしましょうか。こちらで護衛騎士様とお待ちになりますか」
「いいえ」
即座に答えたのはアメリア。
「聖女の巫女となれば浄化の儀が務めとなります。今のうちから少しでも知り、慣れておきたいです」
(……まるで自分が"聖女の巫女"かのような口ぶりね)
ルクシオールは「承知しました」と頷くと、私へと視線を移し、
「ミーシャ様はいかがしましょう」
「……どのように浄化を行うのか、興味がありますわ。邪魔にはならないとお約束いたします」
「では、一緒に参りましょうか」
これまでの"浄化"の経験が予感させる。
この先はきっと"穢れ"も、その根源も、悲惨な状況に違いない。
(ルクシオールは、いったいどれだけ"浄化"が出来るのかしら)
何があろうと平静を保たなくちゃ、と心を落ち着けながらついて行った先。
そこに広がる光景に、息をのみ込む。
キャッと短い悲鳴を上げたのは、口元を手で覆ったアメリア。
よろけた肩を、ザックが支える。
(蝶よ花よとぬくぬくと育ったアメリアには、耐えがたい光景でしょうね)
周囲の草木を染める赤黒い液体は、獣の血。
首を落とされ羽をもがれた鳥の山に、毛皮を剥がれ焼かれているのは、うさぎかしら。
「酷い有様だな」
こそりと耳打ちしてきたシルクに、私は「あら」と横目で見て、
「私も倒れやしないかって、心配してはくれないの?」
「ザハールで狩りの獲物を確認していたどころか、捌くところすら見てたってのに何言ってんだ」
「本当、すっかり逞しくなってしまったわ」
「俺から言わせれば出会った時からだけどな。頼もしい"りょーしゅサマ"でありがたい限りだ」
「領主の娘よ。一応はね」
こそこそと言葉を交わす私たちに気がついているのか否か、案内を担っていた村人が「密猟者のヤツめ」と悔し気に拳を握りしめる。
「好き勝手荒しやがって。こんなんじゃ、獣が寄り付かなくなっちまう」
ルクシオールは私とアメリアに視線を遣り、
「時折こうして、鳥の羽や毛皮を狙った密猟者が森を荒らすのです。共存を軸とする村で行われる狩りとは異なり、森の命に敬意なく奪っていくやり方は、"穢れ"を生みやすいのです」
(……知っているわ)
森は精霊の住まう場でもあるから、リューネと共に何度か浄化に赴いたことがある。
今日のように荒された場である時もあったし、流行り病で動物たちがたくさん亡くなった場な時もあった。
多くの騎士が"訓練"の名の下、数日を過ごした場である時も。
(それにしても、随分と"穢れ"が広まっているわね)
きっと密猟者は複数人で、これまで何度も繰り返している人。
穢れの濃さは業の深さ。
ここに遺された動物たちは、いえ、これまで犠牲になったモノは苦しみもがきながら踏みにじられて――。
「こんな……こんな酷いこと、許せません……っ!」
(アメリア?)
突然の大声に視線を巡らせると、彼女は両手を祈るように組みながらはらはらと涙を零し、
「動物にだって心があります。どれほど怖く痛かったか……。あまりに可哀想すぎます。せめて死後の魂は安らかであれるよう、祈らせてください」
(……まさしく心優しき聖女の巫女ってところかしら)
私はこうも見事に"淑女らしく"泣いて見せることなんて出来ないから、素直に感心してしまう。
(ともかく、これでハッキリしたわ)
アメリアには、"穢れ"が見えていない。
どんなに穢れが周囲を漂い、時折その顔に触れようとも、アメリアの視点はいっさい合っていないもの。
(見えていれば、さりげなさを装って避けるでしょうし)
くすんくすんと可憐に涙を拭うアメリアとは対照的に、私は冷静な声で、
「浄化の儀には、この場の"後始末"も含まれるのでしょうか」
「いいえ」
答えたのはルクシオール。彼は緩やかに首を振り、
「物理的な浄化は神官と、その土地に住まう者が担います。私と巫女は祈りによる"穢れ"の浄化を。無論、必要に応じて神官が祈りに加わる場合もありますし、その逆も然りですが」
ルクシオールは周囲を見渡し、
「順序は定められていません。状況によって、どちらを優先するかを見定めます。……今回の場合は、急ぎ"穢れ"の浄化を行うべきですね。広がりすぎては、私の手にもおえなくなりますから」
お手伝い願えますか、と。
胸の前で両手を組んだルクシオールが、目元を和らげる。
「これまで神殿で培ってこられた祈りの儀と大差ありません。聖女ネシェリの加護を自らに受け、己を器として聖なる力を降らせるのです。この地にたゆたうあらゆる苦しみや悲しみを、絶対的な光で照らし、救うために」
即座にアメリアが自らの胸前で手を組み、
「ネシェリ様はきっと、お救いくださいます」
(浄化も出来ないくせに、よく言うわ)
嘆息は胸中に押し込み、私も手を組み祈りの体制をとる。
そんな私達にルクシオールは「ありがとうございます」と微笑むと、背を向け瞼を伏せた。
ひと呼吸おくような間の後、
「――聖女ネシェリよ。我らが祈りに、聖なる加護を与えまえ」
刹那、ルクシオールから眩い光が溢れ、場を照らした。
周囲を漂っていた"穢れ"が光にのまれるようにして、どんどん消えていく。
(神殿一の"聖なる力"の持ち主って噂は、本当だったのね)
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