神殿の巫女のフリ
"聖女の巫女"が存在しない間は、神殿に属する神官が浄化の役割を担ってきた。
とはいえ"穢れ"を認知できるのは、ルクシオールと数名の神官のみ。
そのため、民は"疑わしき場所"には神官への派遣を要請し、必要に応じて浄化をしてもらうのだと神殿で教えられている。
駆けこんで来た神官の様子から察するに、これから向かう場所は余程酷いのだろうけれど。
(気を付けなきゃ)
私は"まだ"、聖女の巫女であると知られたくはないもの。
せっかくの自由を奪われたくないし、アメリアにはもっと惨めで苦しい思いをしてもらわないと、一度目の私が浮かばれない。
それに……万が一にも変に疑われて、"悪女の巫女"だなんて騒がれたら全てが台無しだし。
(神殿も神官も、まだ信用は出来ないわ)
私がこうも神殿を疑っているのは、ルベルト殿下に言われたからではない。
一度目の私が"悪女"として断罪されるきっかけとなった、テネスの花。
回帰してから六年も経つというのに、未だこの花について一度も耳にしたことがないから。
(てっきり、カトリーヌさえ味方につければ解決する問題だと思っていたわ)
聖女についての講義は、カトリーヌと神官が担っていた。
私はてっきり、"悪女"だった私を憎んだカトリーヌがアメリアと結託し、テネスの花の存在を伏せていたのだと考えていたけれど。
今のカトリーヌから教えられたのは、悪女ガブリエラの魂が封印された洞窟は立ち入り禁止だという話だけ。
聖女ネシェリの聖なる力が込められたテネスの花についても、それがガブリエラの魂を封印する役目を担っていることも。
更には、その花を摘み取ることが重罪だという話すら、これっぽっちも出てこない。
(カトリーヌは白。そうなると、疑わしいのは神殿だわ)
神殿としての総意なのか、特定の神官による策なのか。
――アメリアは、知っているのか。
(ともかく、このまま知らないフリを貫いて尻尾を出すのを待つしかないわね)
馬車が止まる。「着いたようですね」と視線を巡らせたルクシオールに応えるようにして、扉が開いた。
現れた神官は恭しく頭を下げると、ルクシオールになにやら白い布を手渡し、再び扉を閉めてしまった。
え、と面食らった刹那、ルクシオールはその布を手に優雅に微笑み、
「お二人とも、こちらを着てくださいますか」
***
(何かと思ったら、神官や神殿の巫女が身に着けるローブじゃない)
真っ白なそれはフードがついていて、被ってしまえばほとんど顔も見えない。
ルクシオールいわく、
「お二人の身の安全の確保するためです。申し訳ありませんが、お二人には"聖女の巫女候補"ではなく、神殿の巫女として振舞っていただきたいのです」
(急な同行だったというのに、ずいぶんと用意周到ね)
"聖女の巫女"候補ということは、どちらかは"悪女ガブリエラの巫女"だということ。
二人の巫女候補の話は、広く知られている事実。
急ぎの浄化が必要なほど荒れた場に、二人の巫女候補が現れたなら、混乱は必須。
平民は貴族特有の社交界に縛られないもの。
自分の正義を信じて、"ガブリエラの巫女"と思わしき片方に危害を加える可能性だって捨てきれないわ。
(領地でもないただの平民が私達の顔を知っているとは思えないけれど、いかにも貴族然とした令嬢が二人並んで現れては、答えを言っているようなものだものね)
ローブは護衛騎士であるシルクとザックにも支給されたよう。
馬から降りた二人は腰元の剣を隠すようにしてローブを羽織り、私達の後ろから付いて来る。
神官とルクシオールを先頭に、足場の悪い森を時折シルクの手を借りながら、慎重に進んで行く。
ほどなくして、異変に気が付いた私は密かに眉をひそめた。
(これは――)
「ルクシオール様! お待ちしておりました!」
縋るようにして歓喜の声をあげながら、神官と村人が駆け寄ってくる。
ルクシオールは「お待たせして申し訳ありません」と柔和な笑みを彼らに向けてから、視線を森へと移し、
「この先、でしょうか。こちらにも随分と"穢れ"が流れてきているようですね」
「!」
(驚いた。本当にルクシオールにも"穢れ"が見えるのね)
神官は「やはりそうでしたか」とすまなそうにして、
「奥の"穢れ"が僕にもはっきりと見えるほどでしたので、きっとすでに広がっているものだと思いました。そうなると、ルクシオール様に頼るほかなく……。力不足で申し訳ありません」
「なにをおっしゃるんですか。あなた方がこうして現場に足を向け、的確な判断をしてくださるおかげで、より多くの浄化が可能になっているのです。私の力も底なしではありませんからね」
(ふうん……神官にも随分と慕われているのね)
若くして大神官となったというから、さぞやっかまれているのではないかと思ったけれど、どうやら杞憂だったみたい。
(はっきりと覚えているわけではないけれど……ルクシオールは、私が"悪女"と囁かれていた一度目の時も、親切だった気がする)
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