ファーストダンスなんてごめんだわ
(我が兄ながら、情けないわね……)
お告げの夜に生まれた私達が、そう遠くないうちにルベルト殿下の婚約者候補として正式にお披露目されるのは、社交界でも周知の事実。
つまるところ、どうあがいてもアメリアを手に入れることのできないオルガにとって、このお茶会は意中の相手と話せるまたとないチャンスだろうに。
(本当に、つまらない話しかしないのね……)
そもそも公爵家の跡取りとして、こうも緊張をわかりやすく態度に出してしまうのも問題だと思うのだけれど。
オルガの選ぶ話題は先の狩猟で仕留めた獲物の大きさだったり、剣術の稽古で三人に打ち勝った話だったり。
まあ、とにかく女性にはさして興味のない話ばかり。
(少しでもいいところを知ってもらいたくて、選んだ話題なのでしょうけれど)
必死な自慢ばかりを並べ立てたところで、退屈に思われては好意など持ってもらえるはずがないというのに。
それでも彼を邪険に扱えないアメリアは、さすがというべきか、にこやかな笑みを携えたまま噛み合わない会話にもなんとか応対している。
(いい気味ね)
最初から兄に任せた宣言をしている私は、二人の傍らでときおり簡単な相槌を打ちながら、優雅にお茶を楽しむだけ。
三日ぶりに口にした紅茶が胃に沁み込んでいく。
温かい。
私の近くに果物やムースといった柔らかく食べやすいものが多いのは、運んで来てくれたソフィーの気遣いだろう。
(あとでソフィーにお礼を言わなくちゃ)
「そうでした、お姉様。お尋ねしたいことがあったのでした」
無邪気な声に、視線を向ける。
アメリアはにっこりと愛らしい笑みで、
「もうすぐルベルト殿下の十二のお誕生日でしたよね。殿下の洗礼式後に執り行われるパーティーで着られるドレスは、もうお決めになりましたか?」
(ルベルト殿下)
その名に、前の生での彼の姿がよぎる。
絹糸のように繊細なコバルトブルーの髪に、鋭利で知的な赤の瞳。
頭脳も、剣術の腕も一流だったというのに、すらりとした肢体の美しい青年だった。
大好きだった、仮初の婚約者。
私をガブリエラの巫女と決断し、この胸を貫いた、冷酷で憎い人。
(目覚めてからちゃんと確認はしていなかったけれど、今は彼の洗礼式前なのね)
この国の王族は十二の誕生日に、神殿にて聖女ネシェリの洗礼を受けることになっている。
(つまり今の私とアメリアは、十歳ってこと)
ルベルト殿下が洗礼を受けた後に開催される、彼の生誕と洗礼を祝うパーティー。
その場で私達は正式にルベルト殿下の婚約者候補として、お披露目される予定になっている。
(オルガが入れない話題を口にするなんて、よほど堪えたようね)
せっかくのアメリアとのひとときを奪われ、さぞかし私に嫉妬の眼差しを向けているだろうと思いきや。
ちらりと横目で伺ったオルガは、ひと仕事やり切ったような清々しさで紅茶に口をつけている。
(本当、情けないんだから)
「そうだわ、アメリア。殿下のパーティーについて、お願いがあるのだけれど」
「なんでしょうか、お姉様。なんでもおっしゃってください」
献身的で無垢な笑みを浮かべるアメリア。
私はティーカップを戻し、にっこりと微笑みかける。
「殿下とのファーストダンス、アメリアに踊ってほしいの」
途端、アメリアが息を呑む。
「お姉様、今、なんと……?」
「今度の殿下のパーティーで、アメリアにファーストダンスを踊ってほしいのよ」
私とアメリアは、パーティーの主役であるルベルト殿下にエスコートされ、入場する段取りになっている。
通常ならば、最後に入場した主役の二人がファーストダンスを踊ることで、パーティーが始まるのだけれど。
私とアメリアという二人の婚約者候補を持つ殿下は、どちらか一方とファーストダンスを踊り、二曲目をもう片方と踊らなければならない。
とはいえ二曲目は、招待客も加わり、共に踊るのが通例。
つまりファーストダンスが、周囲に"婚約者候補"としての存在を印象付ける主役級の役割となる。
(前世では、私がファーストダンスを務めたのよね)
アメリアに「当然、お姉様が踊るべきです!」とおだてられ。
殿下に想いを寄せていた私自身も、やはり殿下に相応しいのは私だと満足して当然のように引き受けた。
それが後に、"謙虚なアメリアを脅してファーストダンスを勝ち取った悪女"などと噂されるなど、夢にも思わずに。
(同じ失敗は繰り返さないわ)
それに、今の私は殿下への恋心より、私を殺した憎しみのほうが勝っている。
婚約者候補としての顔になるファーストダンスなんて、ごめんだもの。
「お姉様。やっぱりまだ、体調が優れないのではありませんか? お姉様が、殿下とのファーストダンスを踊りたくないなど……」
「いいえ、体調は問題ないわ。ただ、ずっと考えていたのよ。アメリアと私。どちらが殿下とのファーストダンスを務めたら、殿下にとってより良い結果になるか」
「それが、私ですか……?」
怪訝そうなアメリアに、私は微笑んだまま「ええ」と頷き、
「アメリアもよく知っている通り、私は公爵家の一員として幼い頃から教育を受けていたから、ダンスが得意だわ。アメリアは伯爵家の令嬢とはいえ、本格的にレッスンを受けたのは七つの時からでしょう? 先日、王城でのダンスレッスンでアメリアのダンスを見せてもらったけれど、まだ完璧とは言い難いわ」
正式なお披露目はまだとはいえ、私達はすでに定期的に王城での妃教育を受けている。
確かこの時期はお披露目が目前とのこともあり、王城でのダンスレッスンが増えた時期だったはずだと口にすると、
「ミーシャ!」
それまで大人しくクッキーを頬張っていたオルガが、バンッと机を叩いて怒りの形相で立ち上がる。
「お前、アメリア嬢に殿下のパーティーで恥をかかせるつもりなのか!」
「とんでもありませんわ、お兄様。落ち着いて最後まで話を聞いてください」
(まったく、本当に面倒な人ね)
だけど今の私なら、上手に利用できる。
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