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【コミカライズ】悪女にされた銀の聖女は二度目で愛される  作者: 千早 朔


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神殿と大神官

「慣れたものね、シルク」


 眩い木漏れ日の下、軽やかな朝の空気を剣で切り裂くシルクに、邸宅の窓から声をかける。

 シルクは「ミーシャ」と手を止めにかりと笑むと、慣れた仕草で剣を腰に収め、


「朝飯、ちゃんとしっかり食べてきたか? 今日は気合いいれなきゃな日だろ?」


 脱ぎ置いていた制服の上着を拾い上げ、タオルで汗をぬぐいながら歩を進めてくるシルク。

 ここ数日間、思うように食事が喉を通らなくなってしまった私を、シルクはずっと気にかけてくれていた。


 体調が悪いのか!? 医者を呼ぶか!? とオロオロしながら騒ぎ立てていたオルガのように、分かりやすい態度ではなかったけれど。

 ソフィーと結託してお茶の時間を増やしては、自分がねだるフリをして、なにかとお菓子を私に食べさせようとしたり。


(私の性質をよく心得ているシルクらしいやり方ね)


 私は「ええ」と頷き、


「パンも卵もスープも、すっかり私のお腹の中よ」


 シルクはふっと瞳を緩めて、


「なんだ。まだ食えないようなら、俺が食べさせてやろうと思ったのに」


「あら、護衛騎士の仕事にスプーンの代役まで含まれているなんて知らなかったわ」


「ミーシャとラナ限定の特別仕様ってやつだな。いつでも口に運んでやるぞ? 準備はばっちりだ」


 指を閉じては開いてみせるシルクに、ふふ、と笑みが零れる。


「……ラナには、本当に悪いことをしてしまったわね」


 すっかり少女へと成長したラナは、昔から変わらずシルクと仲が良い。

 なのに彼女から大好きな"お兄ちゃん"を奪ってしまったばかりか、私の護衛騎士だなんて、危険な道を選ばせてしまった。

 胸で疼く後悔に呟くと、シルクは呆れたように肩を竦めて、


「顔を合わせるたびに"お兄ちゃんだけミーシャ様のお側にいけるなんてずるい!"って、しつこいのなんの。拗ねてるだろうから、そのうちまた顔見せに行ってやってくれよ」


「そうね。村の皆にも護衛騎士になったシルクを見てもらわなくちゃ。もちろん、私を騙していたことへの文句つきでね」


「うん、やっぱりしばらく村に帰るのはやめってことで。村の皆も時間が必要だと思うんだ」


 飾らずに交わされる、他愛のない会話。

 情けなくも、"完璧"ではいられない今の私には、この慣れ親しんだ穏やかな空気が心地いい。


「……申し訳ないと思っているのは本当だけれど、私の護衛騎士がシルクで良かったって思ってしまうの。他の誰かだったなら、ずっと気を張らなくてはならなかったから」


 と、シルクは「あーと、さ」と視線をぐるりと彷徨わせると、ちょっと照れたようにして頬を掻き、


「運命、ってやつなんじゃないか? 俺と、ミーシャはさ。だから六年前のあの時、俺達は出会えたし、今もこうして側にいるんだよ」


「シルク……」


「おっし、ミーシャはこれから支度だろ? 部屋まで送る。俺はその間に汗を流してくっかな。いつも以上にバッチリ決めてこいよ」


(シルクったら、照れているのね)


 ワザとらしく明るい声を発するシルクの、耳の端が赤い。

 私は「そうね」と気付かないフリをして、


「今日は神殿に行くのだもの。しっかりと準備をしてくるわ」



***



 一度目とは多くの状況が変わっている、二度目の十六歳。

 もういっそこれからは"二度目"とは思わないほうがいいのかもしれない、とは考えていたけれど。


(それにしたって、変わりすぎよ……っ!)


 私を乗せるのは、神殿の馬車。護衛騎士であるシルクは、馬に乗り馬車の外。

 身じろぎした私に目ざといアメリアが、隣から顔を覗き込むようにして「大丈夫ですか? お姉様」と心配気な顔をする。


「お姉様はこのような馬車には乗り慣れていませんでしょうし、ご無理はなさらないでくださいね。辛かったら、休憩させていただきましょう」


 気遣っているようで、暗に私は"高級馬車にしか乗れない高慢なお嬢様"なのだと揶揄するぬかりのなさは、さすがと言うべきね。

 なぜなら並んで座する私達の眼前に座るのは、滅多なことではお目にかかれない大神官、ルクシオール・カルベツなのだもの。


 三十五歳という若さながら、実質神殿の最高権力者。

 少し癖のある白髪に穏やかな金の眼が美しく、聖女ネシェリへの信仰心よりも彼への崇拝を理由に神殿に通う者がいるというのも頷ける。


(一度目の時も確かに、十六の誕生日を迎えた直後の神殿で、ルクシオールに会ったけれども)


 でも、あの時は簡単な挨拶のみだった。

 それがまさかこうして、準備もなく突然と、神官の浄化礼拝に同行することになるなんて。


「心配ないわ。街で貸馬車にも乗っているから、それなりに慣れているもの。ただ……カルベツ様がいらっしゃるから、少し緊張してしまうの。まさか大神官様と同じ馬車に乗ることになるだなんて、想像もしたことがなかったから」


 どうせなら、と"それらしい"言葉を並べてみる。

 嘘ではない。とはいえ、ちょっとあからさますぎたかしら。


 今更ながら湧き上がってきた羞恥に、少々の居心地の悪さ。

 耐えきれずに小さく咳払いをすると、ルクシオールはにこりと優美に微笑み、


「どうぞ、楽になさってください。急を要したとはいえ、無理を言って同行をお願いしたのは私ですから」


 ルクシオールとは神殿で、一度だけ簡単な挨拶を交わしただけ。

 これまで"聖女の巫女候補"として神殿で行っていたお祈りでは、別の神官がついていた。


 十六歳となったことで、妃教育と同じく神殿での巫女訓練も本格化するからと、今日はルクシオールが迎え入れてくれて。

 これからについての説明を受けている最中、血相を変えてひとりの神官が現れた。


 彼は私達を一瞥もせず、ルクシオールの前で膝を折りこう告げた。

 急ぎ"浄化"の必要な森があるのです――と。


(ルクシオールは神殿一の"聖なる力"の持ち主で、その祈りはたった一人で強力な穢れをも浄化する……というのは誰もが知る話だものね)

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