信じたい気持ちはあれど
私と殿下がその中央で向き合い、身体を寄せ。
始まった音楽に合わせて踊り出すのも、もう六度目。
「遅くなりましたが、今年も素晴らしいドレスをありがとうございます、ルベルト殿下」
殿下はこれまでたったの一度も欠かさず、このパーティーでは毎年"ベルリール"で私とペアの服を仕立て、着用している。
私を支持する人々は"これこそ真の殿下のお心"だと満足げに頷き合い、それをアメリア派は"公爵令嬢への気遣い"だと鼻で笑い。
事の経緯を知る私だけが、そうした貴族界の反応すら殿下の退屈しのぎのひとつなのだと、呆れた心地で大人しく享受している。
(アメリアとは必ず反対の色を指定するのだもの。手の込んだお遊びわ)
私と並び立てば、当然ペアのデザインに。
アメリアと並び立てば、二人で殿下の色が揃うのだから、お互いの派閥が都合のいいように解釈するのも当然だわ。
殿下は私の背に回した手に少しだけ力を込め、愉し気に双眸を細める。
「今年も俺の色を身に着けたあなたが見れて、喜ばしい限りだ。この日しか、あなたは俺の色を歓迎してはくれないからな」
「あら、アメリアのドレスがよく殿下のお色ではありませんか。一人の好意だけではご不満ですか?」
この六年で、アメリアの状況は一度目と全く変わった。
私を"悪女"とする計画は失敗。
派閥争いにも負け気味だし、殿下との仲もそれほど深まっているようには見えない。
だからか近頃のアメリアは、普段からよく殿下の色を使ったドレスを身に着けている。
一度目の時も着用することはあったけれど、もっと頻度は低かったもの。
(それだけ必死だということかしら)
せいぜい足掻くといいわ、と気分の良い私とは反対に、殿下は不服そうに眉根を寄せ、
「俺は以前も今も、あなたに俺の色を選んでもらいたいと願っているのだが」
(……殿下はいつまでこの調子なのかしら)
私への興味は一時の気紛れ。
いずれ一度目と同じように、アメリアに惹かれていくものだと思っていたのだけれど。
殿下は未だにアメリアを特別視することはなく、むしろ、以前にも増して私を丁重に扱う。
(社交界での影響力が、私のほうが強いから? それとも、私を上手いことおだてておいたほうが、より国に利をもたらすと考えて――)
「あなたは本当、いつになったら俺を信用してくれるのだろうな」
「え?」
殿下は片手を上げくるりと私を回すと、子犬のごとき悲し気な瞳で、
「六年。誠実にあなたへの想いを伝え続けているつもりだが、未だに疑っているのだろう? あなたも十六になったことだし、俺も十八だ。これからはもっと、情熱を込めてみるとするか」
「いえ、殿下が誠実な方なのは、よく存じておりますわ」
「なら、なぜ。真剣に受け取めてはくれない」
(なぜって……)
この六年。正直なところ、"今"の殿下は一度目とは違うのだと、その心を信じたくなったことが何度もあった。
けれども希望が湧き出るたびに、拭いきれない恐怖が、身体を支配する。
私は一度"結末"をこの目で見て、空虚な愛を抱いていた胸に、断罪の刃を受けたから。
他でもない、殿下の手によって――。
(こんなこと、話せるわけがないわ)
正直に告げたところで、私の話はただの夢物語と一蹴され終いなのは必然。
どころか気味が悪い、不敬だなどとなったなら、せっかく積み重ねたこれまでも全て無意味に。
一度目と同じ結末を迎えることになるかもしれない。
「……すまない、ミーシャ嬢」
唐突の謝罪に面食らった私が、「殿下?」と戸惑いがちに見上げると、殿下は苦笑を浮かべ、
「あなたは時折、そのように思いつめた顔をする。あなたを祝う場でそのような顔をさせるとは、俺は悪い男だな」
「いえ、殿下のせいでは……」
「ミーシャ嬢。これだけは伝えさせてほしい」
殿下は表情を真摯なものに変え、
「これから先なにが起きようと、俺はあなたを信じ、その心に寄り添うと誓う。……あなたがその胸の奥に押し込めた憂いを俺に分け与えても良いと思えるように、もっと力をつけなければならないな」
「殿下……」
(これ以上に力をつけるって、若くして皇帝にでもなるつもり?)
けれど、なぜかしら。
胸の奥底がじんわりと、熱を帯びていくような。
「……お気遣いいただき、感謝申し上げますわ。ルベルト殿下」
この謝礼は、紛れもない本心。
終いの音楽に合わせて最後のポーズを取り、身体を離す。
周囲からの割れんばかりの拍手にお辞儀を返すと、殿下は「ああ、そうだ」と私の右手を掬い上げ、
「今回はあなたの為に、特別な贈り物を用意した。まあ、思うところがないといえば嘘になるのだが、あなたはきっと喜ぶだろうから」
「そんな、ドレスで充分、お祝いの気持ちはいただいておりますが……」
途端、殿下はちゅ、と私の指先に口づけを落とし、
「明日を楽しみに。今晩は、その思考を俺に独占させてほしい」
「なっ……! お戯れがすぎますわ、殿下」
「戯れではないのだがな」
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