十六歳の誕生日パーティー
「ケラティ男爵令嬢は快く注文を受けてくれたし、何事も経験だろう。店の発展を願うのならば、ペアのデザインもこなせたほうが客の幅も広がる」
「それは……っ、そう、ですが」
「パーティーについてだが、過去"聖女"の存在した時期に、皇家主催のパーティーを催した記録がいくつも残っている。なので今回は"異例"とは言えない。それと、専用の仕立て人への注文が原則となっているのは、公な行事の時のみだ。今回の主役は俺ではないから、どこの服を着ようと問題はない」
他に、質問は?
にっこりと笑む殿下の顔は、それはそれは愉し気で。
とっくにあらゆる問題について調べつくした上での"決定事項"なのだと理解した私は、痛む頭に片手を添える。
「……いいえ。よく、理解しまたわ。ご説明ありがとうございます」
「それはよかった。ああ、あともう一つ」
「まだありますの?」
思わずうんざりした口調になってしまった私の腕がぐいと引かれ、腰に手が添えられた。
ダンスのホールドの体制だと気づくと同時に、殿下は眼前の唇で弧を描き、
「ラストダンスは、必ず、俺と」
そうして殿下は約束通り、かぐわしい花の香りが冬の終わりを告げた頃に、二人の聖女候補の生誕を祝するパーティーを皇城で盛大に執り行った。
気まぐれで開催されたのだろうそれは、一度で終いだと思いきや、殿下は律儀に毎年開催し。
月日は流れ、私とアメリアは十六の歳を迎えた。
「ミーシャ! 十六の誕生日おめでとう!」
「もう、お兄様ったら。朝から何度祝ってくださるおつもりですか」
黄金色とシャンデリアの煌びやかな皇城のダンスホールは、すっかり見慣れた場所。
エスコート役として堂々と隣に立つオルガを見上げ、くすくすと吹き出す。
十九となったオルガは見た目こそすっかり凛々しい青年になったけれど、どこか憎めない快活さは以前と変わらない。
それから私を大切な妹として何よりも優先し、少々過保護なほどに愛情を注いでくれることも。
「可愛い妹の晴れの日なんだ。いくら祝ったって足りないだろう! それにしても、今年こそロレンツ公爵家としてミーシャの生誕を祝するパーティーを催すつもりだったというのに……殿下は相も変わらず、聞く耳を持ってくださらない!」
悔し気に呻くオルガの言葉は、不敬だと詰め寄られても仕方のないほどだけれど。
彼が幼い頃から殿下と懇意にしているのは、社交界では周知の事実。
加えて"ロレンツ公爵家"の跡取りとして、既に多くの業務を執り行う殿下の忠臣であることも相まって、誰一人として咎めてくるものはいない。
(オルガが私の誕生日パーティーを開こうと躍起になるだなんて、一度目には到底考えられないわね)
一度目と異なるのは、それだけではない。
「ミーシャ、本当におめでとう」
「カトリーヌ! 来てくれたのですね!」
両手で抱き着き挨拶とした私に、カトリーヌが嬉し気に目じりを緩めて「もちろんですわ」と笑む。
カトリーヌは二年前に、レオンという男の子を出産した。
妊娠が発覚し、妃教育講師の任を降りたのは三年前だけれど、私達はそれからも私的な交流を続け。
今でも社交界で強い影響力を持つカトリーヌは、私の心強い味方の一人。
「後でレオンに謝礼を贈らねばなりませんね。今頃大切なお母様が取られてしまって、泣いているでしょうから」
カトリーヌは苦笑交じりに肩をすくめ、
「乳飲み子でもないのですから、離れることにも慣れさせなくてはいけないと頭では分かっているのですが……。どうにも子には甘くなってしまっていけませんね。ミーシャの良い時に、我が家に招いてもよろしいでしょうか。あの子は、ミーシャのことも大好きですから」
「嬉しいですわ。私もレオンが本当の弟のように可愛らしいですもの。ぜひ、近いうちに」
ハリエット伯爵邸でレオンと最後に会ったのは、確か三ヶ月ほど前のこと。
脳裏に思い浮かぶのは、ぽてぽてと歩く愛らしい姿。
膝の上に抱っこして、ぬいぐるみをあげたらニコニコとしてくれていたけれど、まだ覚えていてくれているかしら。
遅れてやってきたカトリーヌの夫、ハリエット伯爵ことヴィンス様も交え、オルガと軽い挨拶を交わし。
また後程と別れると、再び私の名前を呼ぶ声がした。エリアーナだ。
「十六のお誕生日、おめでとうございます。ミーシャ様」
恭しく頭を下げるエリアーナが纏うのは、今や知らぬ者はいないほどの有名店となった"ベルリール"のドレス。
そして――。
「ありがとう、エリアーナ。それに、香水瓶のジュエリーをつけて来てくれたのね」
エリアーナの胸元で光るのは、美しく繊細な金細工と宝石で作られた、ジュエリーとして身に着けられる小型の香水瓶。
六年前、密かに資金繰りに苦労していたカスタ家当主に提案したうちの一つが、二級品の宝石を"ベルリール"へ卸すこと。
そして、もう一つはこのジュエリーとしての香水瓶の制作だった。
(令嬢にとってドレスや宝飾品と同じように重要なのが、香りだものね)
一度目の時は、たしか私が十五の時に商人が他国から持ち込んだことがきっかけで、皇妃様も愛好なされるほどに人気となった品だった。
"レディー・ライラック"ことカトリーヌという後ろ盾を得て、"ベルリール"に注目が集まり、社交界で私の評価が揺れ動いた六年前。
一気に私の印象を変え、味方を増やすためにもう一つ欲しかった。
(カスタ家が乗ってくれるかは、賭けのようなものだったけれど……。ご当主が柔軟な方でよかったわ)
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