秘密裏の共謀
「本当に、カトリーヌ夫人と仲良くなれて嬉しいですわ。ご存じの通り、幼い頃の過ちによる"噂"によってか、年上の女性にはものの見事に避けられていまして……。兄は気にかけてくれますが、私には母も姉もいないものですから、同じ女性として頼れる相手がおらず不安だったのです。……せめて私にも、心を配りたくなるような愛らしさがあればよかったのですけれど」
口元には苦笑を浮かべ、切なく瞼を伏せながら告げた私に、カトリーヌは「そんな、ミーシャ」と衝撃を受けたような顔をした。
その脳内にはきっと、殿下のパーティーで多くの人々に囲まれていたアメリアの姿が浮かんだはず。
カトリーヌは覚悟を決めたようにして、私の肩に手を置いた。
「他者の庇護欲をかきたてる爛漫さだけが、愛らしさではありません。健気に努力を重ねるそのいじらしい愛らしさは、時になれば必ずミーシャを助けてくれるはずです。微力ながら、わたくしもその"時"を迎えるための手助けとなれるよう尽力しましょう。どうぞ"カトリーヌ"と呼び、母のように姉のように、頼ってください」
――ああ、本当に。なんて"愛らしい"人なのかしら。
結果は大満足。
その後の講義で"ミーシャ"、"カトリーヌ"と呼び合う私たちを目の前にした時の、アメリアの衝撃を受けた顔ったら。
「お、お姉様? 講師となってくださっている夫人をそのようにお呼びになるなんて、失礼ではありませんか?」
精一杯の笑みを貼り付けながら尋ねたアメリアに、答えたのはカトリーヌ。
「わたくしが許可をしたのです。ミーシャには講師としてだけではなく、私的な支えにもなると約束しましたから」
「! そう、でしたか……」
きっと丁寧に組み立てていた計画が崩れたショックで、それ以上を発せなかったのね。
嫌味のひとつも言えないまま俯いたアメリアは、その後の講義内でもミスを重ねてカトリーヌに呆れられていた。
それでも叱りはしないのだから、カトリーヌは変わらずアメリアのことも愛らしく思っているのでしょうけれど。
構わないわ。カトリーヌが一番に選んだのは、私なのだから。
***
「――さて、ミーシャ嬢。無事に夫人を懐柔出来たようで、なによりだ」
美しく手入れされた皇城の庭園を並んで歩きながら、ルベルト殿下は今にも歌いだしそうなほどにご機嫌で笑む。
一度目の時にもこうして並んで歩いたことが何度かあるけれど、一度だってそんな優し気な瞳で私を見ることはなかった。
(この人は、本当にあの殿下と同じ人なのかしら)
私はにこりと淑女の微笑みを貼り付け、
「懐柔だなんて。誤解が解けたことで、仲が深まっただけですわ。それもこれも、ひとえに殿下のご協力の賜物です」
カトリーヌ夫人との"和解"のため、ご協力いただけませんでしょうか。
そう、急ぎ手紙を出した私に、殿下の返事は早かった。
『あなたの望むままに』
そこで私が殿下に願ったのは、二つ。
一つは予定されでいるであろうカトリーヌ同席のお茶会で、懇意にしている仕立て人を"友人"として紹介する許可を秘密裏に頂きたいということ。
そしてもう一つは、ハンカチで構わないので、カトリーヌの眼の前でその仕立て人に注文依頼をして頂きたいということ。
計画から決行まであまり日もないうえ、カトリーヌに知られては困るからと、殿下とのやり取りはそれでお終いとなっていたけれど。
殿下は期待以上に、意図を汲んでくれた。
「ドレスをご注文くださるなんて。それも、殿下が皇家の家紋入りの馬車で"ベルリール"に従者を送りご注文くださったことで、一気に社交界の話題を独占ですわ。ご令嬢方から注文が殺到しているのはもちろん、うちから生地や糸を仕入れないかといった手紙も多く届いておりますの。ヘレンが、泣いて喜んでいましたわ。本当に、感謝しております」
殿下は「ふむ」と何かを思案するように私を横目で見て、
「なるほど。あなたを喜ばせる方法がわかったような気がするな。今回の"贈り物"には随分と喜んでくれたからこそ、こうして会いに来てくれたわけか。俺が一度失敗した、その帽子を身に着けて」
(……気が付いていたのね)
今日の私が身に着けている帽子は、以前、領地での滞在時に殿下から贈られたもの。
礼儀として被ったあの日以降、もう二度と使うこともないだろうと思っていたけれど。
「感謝を示すには、これが一番だと思ったものですから」
「手厳しいな。"失敗"については、否定してくれはしないのか」
「殿下の目的が"私を喜ばせる"でしたのなら、今回の件はとびきり嬉しく感じております。殿下のご注文くださったドレスがどのようなものでも、謹んで受け取らせていただきますわ」
「それは喜ばしい限りだが……それだけでは、足りないな」
(やっぱり、そうくるのね)
この人が私的な感情だけで、これほど手の込んだ協力をしてくれるはずがない。
だからこそ、わざわざこうして会いに来たのだもの。
この帽子は私達の取引がバレないよう、周囲の目を欺くためのカモフラージュ。
殿下に好意を抱いた聖女候補の一人が、いそいそと通いつめている。
不本意だけれど、今の私はそう見られていたほうが都合がいい。
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