愛しい悪女との再会
「あの女の魔力は嫌いだ」
リューネはそう言い残して、姿を消してしまった。
まあ、いたらいたで気になってしまうだろうから、私一人で良かったのかもしれない。
(覚悟なさい、アメリア)
今の私は、あなたに都合のいい"お姉様"ではないわ。
「お待たせしてごめんなさい、アメリア」
「ミーシャお姉様!」
応接間に現れた私に、ティーカップをおろしたアメリアが駆け寄ってくる。
「本当に、本当に良かったです……! お姉様ならきっと、すぐにお目覚めになられると信じていました!」
(信じていた、ねえ)
以前の私なら、私を気遣う愛らしい姿に、心からの喜びを感じていただろう。
そしてますますアメリアに心酔して、彼女の望む"お姉様"であろうと決意を新たにしていたはず。けれど。
(残念ね、アメリア)
私はもう、あなたの偽りの愛には騙されない。
「わざわざお見舞いに来てくれたなんて、とても嬉しいわ、アメリア」
「愛するお姉様が倒れられたと聞いたのですもの、当然です! すぐにお伺いしたかったのですが、遅くなってしまって……。でも、そのお陰でこうして元気なお姿を見ることが出来ましたから」
にこりと笑む少女のアメリアは、純粋無垢な天使のように美しい。
(このタイミングで来たってことは、私が目覚める前に家を発っているわね)
本来ならば、眠る私の姿を確認したかったのだろう。
もしかしたら、そのまま目覚めることのないよう、なにか仕込むつもりだったのかもしれない。
(まあ、今となってはどちらでもいいことね)
私は目覚めた。そしてアメリアは、私の回帰を知らない。
もちろん、私の胸の内で燃え続ける、彼女への復讐心も。
「せっかくこうして会いにきてくれたのだもの。お茶をしましょう」
「よろしいのですか? お姉様はお目覚めになられたばかりだと聞いております。まだお休みになられたほうが……」
「アメリア嬢が来ているのか!?」
「!?」
バン! と勢いよく扉を開いて現れた少年は、オルガ・ロレンツ。
お父様と同じ茶色の髪と、亡きお母様を思わせる緑の目を持った、私の三つ上の兄。
彼は自身の無礼など気にも留めず、立ったまま向き合う私達を見て、「ミーシャ!」と声を荒げる。
「どうして客人であるアメリア嬢が立たされているんだ? まさかお前、わざわざ見舞いに来てくれた彼女を、追い返そうとしているのではないだろうな!?」
(面倒なのが来たわね)
ため息は当然、胸中で。
私はにっこりと微笑んで、
「お兄様も、アメリアを引きとめてくださいますか? このまま帰るというので、一緒にお茶をと懇願していたところだったのです」
「そ、れは……本当か? アメリア嬢」
「は、はい。お姉様はまだご体調が優れないのではないかと思い、本日はお顔を見れただけでお暇したほうがいいのではないかと……」
「なんって謙虚で心配りのできる女性なんだ……!」
(ええ、本当にね)
私を殺したがっているアメリアですら、演技とはいえ配慮できるというのに。
この愚兄ときたら、先ほど目を覚ましたばかりの私を労わる言葉ひとつ投げかけられないわけ?
(別に、期待はしていないけれどね)
前回のオルガも、私を心底疎んでいた。
口を開けば叱咤に嫌味ばかり。そんなに気に入らないのならば、いっそ無視でもしてくれればいいのに。
しつこく"兄"という立場に固執していたのは、オルガもまた、アメリアに心奪われたひとりだったから。
アメリアが"お姉様"と呼ぶ私を利用して、殿下の婚約者候補である彼女と少しでもお近づきになろうと画策していた、滑稽な男。
(以前はうっとおしくてたまらなかったけれど、これを利用しない手はないわね)
私は「お兄様」と彼に近づき、その袖の端をきゅっと指先で摘まむ。
「アメリアの優しさは、お兄様もよくご存じでしょう? お兄様は聡明なお方ですから」
「ん? あ、ああ、当然だ!」
「こうしてはるばる訪ねてきてくれたというのに、何ももてなさずに帰すには心苦しくて……。そうだわ、お兄様もぜひ一緒にお茶をしませんこと? お兄様がアメリアとお話してくだされば、私も身体を休めながら楽しい時を一緒に味わえますし」
「お、俺がか!?」
「はい。アメリアは私の体調を心配して、帰ると言ってくれているのです。お兄様が主体となってくだされば、彼女も安心してお茶をいただいていってくれるはずですから。そうでしょう? アメリア」
「あ、えと……」
(断れるはずがないわよね)
公爵家跡取りの肩書に加え、私に近しい存在であるオルガ。
私を円滑に殺したいのなら、懐柔しておくべき相手だもの。
思ったとおり、アメリアは遠慮がちな笑みを浮かべ、
「それでしたら、少しだけお邪魔していってもよろしいでしょうか」
「もちろんよ。嬉しいわ、アメリア」
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