効果的な貴族令嬢の使い方
完全にパニック状態に陥っているヘレンの代わりに「ご推察の通りですわ、殿下」と肯定し、
「ヘレン嬢の経営する"ベルリール"の顧客は、主に中流貴族や商人が中心となっています。そのため社交用のドレスも宝石をほとんど使用しない、上流貴族向けのモノよりも価格を抑えたデザインが好まれております。ですがこのままでは、他の中流層向けの店と顧客の取り合いになっていくだけですわ」
そこで、"二級品"の宝石です。殿下。
背筋を正した私に、殿下の眼の色が深まる。
「ドレスに使用する宝石はそれ自体を主体とするアクセサリーとは異なり細やかなことが多く、二級品でも仕上がりに大きな差異は生まれません。宝石付きに憧れる中流貴族に、密かに価格を抑えたい上流貴族。双方の層を取り込めるのではないかと考えた次第にございます」
「すでに"一流"を売りにしている店にはなかなか出来ない戦略だな。すでに取り込んでいる上流貴族たちがこぞって"二級品"に手を出し始めたら、店の格が落ちると想像するのも容易い。"ベルリール"は既に中流層に浸透しているがゆえに、"憧れを持つ層"では即座に話題に上がるだろうし、上流層へはミーシャ嬢という強力な手札がある。そして今回、俺が注文したとあれば、一気に注目が集まるだろう」
「おっしゃる通りですわ、殿下」
「相も変わらず、面白いことを考えるものだね、あなたは。して……"ベルリール"としては、覚悟は出来ているかな」
覚悟。発された言葉と向けられた視線の鋭さに、ヘレンがぐっと息をのむ。
けれども彼女は恐れを振り切るようにして拳を握ると、まっすぐに殿下を見据え、
「"ベルリール"を、中流層向け店舗の一つとして終わらせるつもりはございません。どうかワタシどもに、名誉ある仕立てを担わせてください。必ずや、ミーシャ様にもルベルト殿下にもご満足いただけるドレスを生み出してみせます……!」
「……なるほど。ミーシャ嬢が気に入るのも理解ができる」
殿下はにこりと笑むと、
「注文の依頼は後程"しっかりと"させてもらおう。この場では、そうだな。俺の知らない、"ベルリール"でのミーシャ嬢のことを話してはくれないだろうか」
「え?」
「それはもう、お任せくださいませ、殿下! ミーシャ様は本当にお優しく素晴らしい方で――」
「ま、待ってちょうだいヘレン。まずは席につきましょう? それに、私の話よりもベルリール自慢の刺繍の話のほうが……」
「いえ、ワタシ、ずっとミーシャ様の素晴らしさを他の方に語れる機会を夢見ていたんです! ミーシャ様はご自分の手腕を、なかなか公には語られませんから、もうやきもきしちゃって……! ルベルト殿下が許可くださったのですから、殿下がお止めになるまでは披露させていただきます!」
「ふむ、どうやらなかなかに話が合いそうだ。紅茶も菓子も好きなだけ持ってこさせるといい。店に残る者たちへの土産も包ませよう」
「殿下!?」
(ベルリールの売り込みのはずが、どうしてこんな流れになっているのよ……!)
結局、ヘレンはお茶会の時間いっぱいまで私を賞賛する話を続け。
殿下は大層満足した様子で、本当にヘレンに両手いっぱいの菓子や茶葉を持たせてお茶会は終了した。
(いつもよりも短時間だったというのに、疲れが酷いわ)
まあ、でも。収穫の多いお茶会だった。
ヘレンが殿下と私のお茶会に同席したという噂は、殿下による"しっかりとした注文"で一気に社交界を賑わせるはず。
顔の広いエリアーナには既に一着、ドレスを届けているし、機転の利く彼女がこの機会を逃すはずがない。
ましてや先日のお茶会で、私が殿下の生誕を祝うパーティーで着用していたのも"ベルリール"のドレスだと明かしているし、エリアーナに好意的だった彼女たちもここぞとばかりに話を広げるはず。
(ありがとう、アメリア。あなたのおかげで、効果的な"貴族の令嬢"の使い方を学んだわ)
そして――。
「……ロレンツ嬢」
今にも倒れてしまいそうなほど真っ青な顔で、カトリーヌが苦し気に呼びかけて来る。
(私の勝ちね)
笑い出したい衝動をぐっと胸の内に抑え、慈悲深き微笑みでカトリーヌに頷いてみせる。
「部屋に戻りましょう、夫人」
殿下とのお茶会の後、いつも講義を受けている部屋に戻り、カトリーヌから不備のあったマナーの指導を受ける手はずになっている。
一度目の時は、納得のいくものからそうでないものまで、両の手では数え切れないほどの"指導"を受けたものだけれど。
(マナーの指導どころではないようね)
重い足取りで部屋へと踏み入れたカトリーヌは、護衛騎士が扉を閉めるなり頭を下げ、
「どうか、謝罪をさせてください」
「……なんのことでしょう、と言えたらよかったのですけれど、私は心よりカトリーヌ夫人を"師"として尊敬しております。これまで私に向けられた厳しさも、相手が夫人だったからこそ耐えられました。……私を認めてくださらなかった理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」
しおらしく瞼を伏せながら訊ねると、カトリーヌはスタスタと机まで歩を進め、椅子の背を引いた。
「お座りください、お嬢様。言い訳にしかなりませんが、知らずと目の曇っていた愚かな教師の昔話をお聞きいただけますでしょうか」
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