殿下への切り札の紹介
「事前に、殿下が……? 殿下、誠のことでしょうか」
「ああ、ミーシャ嬢の説明した通りだ。私的な内容だったがゆえに、夫人に通達する必要はないと指示したのも俺だ。……夫人の同席の目的はあくまで茶会におけるマナーの確認のみで、"参加はされない"と聞いていたのだが。どうやら伝達内容に齟齬があったようだな」
冷ややかな口調とピリッと緊迫した空気に、殿下の不機嫌が見て取れる。
自身の失態に気づいたのか、さっと青ざめたカトリーヌに殿下は嘆息交じりに背もたれに身を預け、
「事実の確認もなく、自身の"思い込み"でミーシャ嬢を罵倒するとは……。夫人は聡明な人だと考えていたが、どうやら見当違いだったようだな」
「そんな、殿下……っ、これは……っ!」
「けっして、そんなことはありませんわ、殿下」
私の言葉に、カトリーヌが驚愕の眼を向けて来る。
私はカトリーヌにふわりと微笑んでから、殿下へと目を向け、
「殿下のおっしゃる通り、カトリーヌ夫人はとても聡明なお方ですわ。そしてとても、責任感が強くらっしゃいますの。未熟な私の師として、殿下にほんの爪先ほどの失礼すらあってはならないと、気を張ってらしたのでしょう。事実、私が本当に"身勝手"に友人を招いていたのだとしたら、先ほどのカトリーヌ夫人の制止で救われていましたもの。少々、行き違いが重なったが故の些細な不幸ですわ」
「……そうだな。夫人の厳粛さは、高く評価している。今回はミーシャ嬢の意見を尊重するが、夫人には、いかなる時も冷静な判断に努めていただきたい」
「は、寛大なお心遣い、恐縮にございます」
頭を下げ、扉横に戻ったカトリーヌ夫人が私を見る。
その目には感動や尊敬ではなく、戸惑いが強いあたり、彼女の私嫌いの根強さが伺えるけれど。
(揺らいでくれただけで、上出来だわ)
「エルバード卿、"友人"の案内をお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
会釈をしたエルバードが、扉を開ける。
そこに立つ待ち焦がれた人物に、私は席を立って歩を進めた。
「来てくれてありがとう――ヘレン」
ヘレンはビクリと肩を跳ね上げると、緊張でこわばる頬をむりやり笑みの形に変え、
「こ、この度は光栄なご招待を賜りまして、誠に恐縮でござりましゅっ!」
(……緊張が限界を超えているようね)
無理もないわ。だっておそらくヘレンは皇城の内部はおろか、殿下と言葉を交わせるほどの距離に参上するのも初めてだろうし。
噛んでしまった失態を恥じているのか、真っ赤な顔であわあわとしているヘレンの両手をそっとすくい取る。
「急なお誘いだったのに、来てくれて嬉しいわ。さ、こっちよ」
ヘレンが転ばないようゆっくりと導いて、エルバードが椅子を引いてくれた私の席の右斜め前の席へと連れ立つ。
着席するなり紅茶とケーキが用意されるのは、さすがは皇城といったところね。
ケーキの美しさに瞳をきらきらとさせるヘレンは、なんとも可愛らしい。
すぐに食べさせてあげたいところだけれど……。
「殿下、ご紹介いたします。私のドレスを仕立ててくれている、ヘレン・ケラティ嬢ですわ」
「お、お目にかかれまして光栄にございます、ルベルト殿下! ミーシャお嬢様にご愛好いただいております、"ベルリール"のヘレン・ケラティと申します!」
ティーカップすれすれの位置まで勢い良く頭を下げたヘレンに、ルベルト殿下は穏やかに「そうか、やっと会えたな」と笑む。
「いきなり呼びつけてすまなかった。ミーシャ嬢が自ら足繁く通う相手がいると聞いて、いても立ってもいられなくてね。良い仲のようで羨ましい限りだ」
「へあ!? いえ! ミーシャ様が目にかけてくださっているのは、ワタシがあまりに不甲斐ないからでして……! 本当、ミーシャ様にはご迷惑をおかけしてばかりで申し訳なく……」
「そんなことはないわ、ヘレン。私は好きでお店に通っているのだもの。嫌な顔ひとつせず受け入れてもらえて、本当に嬉しいのよ? それに、少しずつヘレンと分かり合っていけることも」
「ミーシャ様……っ!」
「ふむ……やはり、羨ましいな」
「ぴえっ!?」
盛大に震え上がるヘレン。
私は「殿下」と嘆息交じりに、
「私の大切な友人で遊ばれるために、紹介を所望されたのですか」
「そうだな。挨拶はこの程度にして、本題に入るとするか」
殿下はゆるりと両手を机上で組むと、
「ミーシャ嬢に贈るドレスを仕立ててもらいたい」
にっこりと笑んだ殿下に、数秒の沈黙。
やっとのことで理解できたのか、ヘレンはガタリと立ち上がり、
「ワ、ワワワワタシにご注文をですか!?」
「ああ。ミーシャ嬢の好感を上げつつ、俺も満足できる贈り物をしたくてな。悩んでいたら、ミーシャ嬢が目にかけている仕立て人がいると耳にしてね。……近頃、カスタ家と契約を結んだそうだな。あそこはこれまで既に実績のある"一流店"にしか卸していないはずだったが。俺の見立てでは、ミーシャ嬢が一枚かんでいるのではないかと思ってね」
(情報が早いわね)
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