殿下の信じられない誘い
(それって、まさか――)
「時に、ミーシャ嬢」
はたと視線を上げた私に、ルベルト殿下はにっこりと優美な笑みを浮かべ、
「本日のドレスも、あなたによく似合っているな。甘いライラックの香りが漂うようだ」
「お、お褒めいただき恐縮ですわ」
「だからこそ、少々惜しいことをしたと悔やんでいる」
ルベルト殿下は残念そうに肩をすくめ、
「そのドレスでの茶会は、俺が初めてではないのだろう?」
「! なぜ、それを」
「先日、あなたの兄上と顔を合わせる機会があってな。自慢をされたよ。華麗な"ライラックの妖精"と茶を交わしたと」
(お兄様……!!)
いったい殿下に何を話しているの!?
そもそも、いくら私を大切にしてくれるようになったとはいえ、"妖精"はさすがに……!
「その話を聞いてからというものの、彼の言うドレスを纏ったあなたとお茶を出来たらと焦がれていたのだが……。こうして会ってみると、その姿のあなたの一番になれなかったことが残念でたまらない」
「な……っ」
いきなり何を言うの?
一度目の時は、どんなにドレスを新調したってちっとも気にかけてくれなかったじゃない。
(どうせ、何か目的があって私を丸め込もうとしているのね)
残念だけれど、その手には――。
「過ごす場が同じだというのは、得なものだな。考えてみたのだが、いっそ皇城に住まいを移してみるのはどうだろうか? 早いうちに内情を知っておくのも妃教育の一環だろう。あなたの気持ちさえあれば、すぐにでも手配を――」
「ちょっ、ちょっとお待ちください、殿下……っ」
不敬と知りながらも遮らずにはいられなかった私に、殿下は気を悪くした風もなく「どうかしたか?」ときょとんとする。
いえ、どうもこうも、"どうかした"のは殿下よね?
「皇城に住まいを移すだなんて、ご冗談にしては笑えませんわ」
「冗談ではなく、本心から提案をしているのだが?」
「は……、ひ、妃教育の一環だというのなら、もちろん、アメリアにもご提案されているのですよね? 彼女は、なんと」
「俺が側に置きたいと望んでいるのは、あなただ。だからこそ、こうしてあなたを誘っている」
「!?」
な、なんだっていうのよ、もう……!
じっと私を見つめるルビーレッドの瞳に、ドッドッと心臓が早くなる。
おかしいわ、こんなの。殿下もアメリアと共謀して、私を貶めようとしているの?
でも、リューネはさっき、ガブリエラの気配が薄れているって……。
「ミーシャ嬢」
名前を呼ぶ声が知らないほど優しくて、びくりと肩が跳ねる。
「言っただろう? あなたを知りたいと。……俺の我満に付き合ってはくれないだろうか」
「っ!」
ぐらりと脳が揺れる。
「わ、たし、は……」
理性と感情に震える唇をぐっと噛みしめ、膝の上で両手を握り込めた。
殿下を、まっすぐに見据える。
「お断りしますわ」
殿下は、虚をつかれたような顔をした。
それから静かに、
「……理由を聞いても?」
怒っているのか、悲しんでいるのか、私には判別がつかない。
微かな恐れを振りきり背を正した私は、「まず第一に」と口を開く。
「審判の日に"聖女"と定められない限り、私は殿下の妃"候補"でしかありません。"聖女"なのか"悪女"なのか分からぬ者を皇城に住まわせるなど、あまりに軽率ではありませんでしょうか。殿下の評判にも関わります」
「なるほど。俺を気遣っての"遠慮"か」
「それだけではありませんわ」
どこか嬉し気な様子に腹が立って、少しばかりムッとした口調で否定した私は、
「側に"置かれる"だけなど、御免ですわ。……近頃、視野を広げる楽しみを知りましたの。皇城に移っては、自由がきかなくなります。殿下が私の意志を尊重してくださるのなら、賢明なご判断をしてくださるものと信じておりますわ」
それに、お兄様も反対なさると思いますわ、と付け足すと、ルベルト殿下は「なるほどな」と息をついて椅子に背を預けた。
「これが"好機を逃した"というものなのだろうな。もう少し早ければ……あなたの瞳を俺が占めていた頃ならば、喜んで受け入れてくれただろうに」
「ご理解いただけたようで恐縮ですわ」
「だが、俺が惹かれたのは"今"のあなたなのだから、悔やんでも仕方のない話だな。それに、理由さえわかれば攻め口も変えられる。少なくとも、"俺が嫌い"だという理由ではないようで安心したよ、ミーシャ嬢。そうだな、次は……ドレスでも贈ってみようか」
「っ!」
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