招かれるはずのなかった殿下とのお茶会
すっかり大人しくなってしまったアメリアの追撃もなく、お茶会は穏やかに幕を閉じ。
アメリア自慢の"青いハーブティー"が既に使われてしまったから、ルベルト殿下を交えた三人でのお茶会は発生しないものだと考えていたのだけれど。
「これはいったい、どういうことでしょう?」
皇城での妃教育に合流してから、早数日。
講義後に突然現れたエルバードによって温室に連れられた私は今、かぐわしい花々に囲まれたテーブルでお茶を頂いている。
対面に座るのは、どこかご機嫌な様子で瞳を細めているルベルト殿下。
アメリアはいない。
エルバードが「ルベルト殿下がお呼びです」と名を呼んだのは、私だけだったから。
「あの……お姉様だけですか? 私は……」
そう食い下がるアメリアの焦った顔も、別れ際に見た悔し気に握りしめられていた掌も、とても愉快だったけれども。
(正直、居心地が悪いわね)
扉前にはエルバード卿が控えているとはいえ、これは"私とルベルト殿下"のお茶会。
つまるところ、私が彼の相手をする他ない。
「失礼ながら、殿下にこのようにもてなしていただく理由が見当たらないのですが」
出来るだけ穏やかに問いかけた私に、ルベルト殿下はますます笑みを深める。
「婚約者候補として披露目のあった後には、月に一度の茶会が義務のはずだが?」
「……既にお知らせ頂いている日取りは、まだ先だったと記憶しておりますが」
「それはこの月の茶会を定めたものだろう? あなたが領地に隠れていた二月分の"義務"が、まだ残っているはずだが」
「なっ……!?」
(領地にいた間の二回分、追加で相手をしろってこと!?)
一度目の時は、たったの一度もそんなこと言わなかったじゃない!
(いったいどんな風の吹き回し?)
瞬間、脳裏に過ったのは領地での出来事。
『俺はあなたを、もっと知りたい』
記憶に焼き付いた熱っぽいルビーレッドの瞳に、心臓がぐっと締まる感覚。
(って、絆されている場合ではないわ……! しっかりするのミーシャ!)
胸中でぶんぶんと頭を振りつつ、表では涼やかな表情のまま背を正した私は、ティーカップを持ちあげる。
「おそれながら、殿下。殿下には一度我が領地の館にて、お茶を振舞わせていただきましたわ。ですので私が果たすべき"義務"は、この一度で終いではないかと」
「なんだ。あれは事件の早期解決のため、はるばる赴いた俺への"労い"ではなかったのか」
そうか、あなたにとっては"義務"だったのか……と、ワザとらしく息をついて残念がってみせる殿下。
ここで「はい、そうです」と言えたなら、簡単なのだけれど。
「……殿下があの時間を"労い"だと感じてくださったのなら、光栄なことですわ。お忙しい殿下の貴重な時間を何度も頂戴するには、申し訳ないと考えていたものですから」
相手は王族、私は公爵家の娘。
どちらの意を組むべきかなんて答えは一つで、ここで返答を間違えるほど私は愚かではない。
(殿下はどうせ、すべて分かった上で楽しんでいるのでしょうけれど)
堪えた文句を飲み込むようにして、コクリを紅茶を一口。
(……本当に、どういうことなのかしら)
確かに一度目とは状況が違うとはいえ、どうにも殿下の印象が一度目とは異なりすぎる。
私の知る限りでは、それこそアメリア相手にさえこんなにも豊かな表情を見せていた記憶はないのだけれど。
(いいえ。私が知らなかっただけで、アメリアと二人きりの時にはもしかして――)
ん? と。頭に響いた声はリューネのもの。
瞬きをひとつした途端に、座る殿下の側にリューネの姿が現れた。
(ちょっと、リューネ!?)
優雅に紅茶を嚥下する殿下には、見えてもいなければ気配すら感じ取れないよう。
それをいいことに、リューネは殿下に鼻先を寄せるとすんすんと息を鳴らす。
『やはり、勘違いではないようだ』
(どうかしたの?)
『この男、以前よりもガブリエラの気配が薄れている」
「……え?」
(しまった)
思わず声を漏らしてしまった私に、視線を上げた殿下が「どうかされたか?」と不思議そうにする。
「あ……いえ。とても美味しいチョコレートでしたので、思わず」
「ふむ、チョコレートがお好きなのか?」
「ええ、美しいものは特に。こちらは見目も鏡面のように艶やかながら、滑らかな舌触りが素晴らしいですわ」
見た目は十の少女とはいえ、精神は社交界に揉まれた十六の公爵令嬢。
スラスラともっともらしい理由を並べ立て微笑む私の眼前で、殿下の隣に腰を落としたリューネはもふりとひとつ尻尾をふると、
『聖女ネシェリがその生命力を"聖なる力"として奇跡に変えていたように、ガブリエラもまた魅了の力を持つ。他者の"ほんの些細な"好意を増幅させる力だ。だが一度で大量の力を放出出来る"聖なる力"とは違い、ガブリエラの魅了は少量ずつ回数を重ね、じわじわと他者の心を掌握する。対象者が己への"好意"に疑念を持ったら、醒めてしまうからだ』
(つまり殿下は、アメリアへの好意に疑念を抱いたってこと?)
『あるいは、もとより増幅させられたところで対して脅威にならない程度の好意しか抱いていなかったか、増幅させられた好意を上回るほどの好意を、別の者に向けているか、だな』
「!」
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