ハーブティーと毒の正体
澄んだ青の色が、鮮やかな紫の色に変っている。
小さな悲鳴を零すご令嬢たち。
エリアーナだけが真っ青な顔で、「そんなはずが……!」と叫ぶ。
途端、アメリアが立ち上がった。
ふわりと顔の前を通った、細く白い腕。
「許せません!」
珍しく声を荒げるアメリアに、やっとのことで理解した。
彼女がまるで私を守るようにして、この肩を抱きしめているのだと。
(アメリア……っ!)
「失望しました、エリアーナ様……! せっかくお姉様に助けられたというのに、いったい何の恨みがあって……!」
「そんなはず……っ! 信じてくださいミーシャ様! 私は、なにも……!!」
「ならこの紫に変色したハーブティーはどう説明なさるのですか? エリアーナ様のご指示ではなく、使用人が勝手に毒を混入したとおっしゃるのですか! もし、もしも私が、お姉様に蜂蜜を薦めなければ……お姉様は、毒の混入に気が付かないまま、このハーブティーを口にしていたのですよ……!」
感極まったようにして、ぽろぽろと涙を零すアメリア。
きっとこの涙も演技。わかっているのに、回された腕から伝わってくる体温や、力強さ。
そして、ほのかな震えが、心から私の身を案じてくれているようで。
(ああ……懐かしいわね)
一度目の生でも、アメリアはこうしてよく私を守ってくれていた。
いいえ、守ってくれるのも、抱きしめてくれるのも、アメリアしかいなかった。
この細く頼りない腕が、私の唯一の揺りかご。
伝わる穏やかな体温に、心からの安堵と愛おしさを覚えていた。
その全てが私を"悪女"として葬るための嘘だったのだと、身をもって理解した後でも。
抱きしめてくれたうちの何度かは、"本当"だったのではないかと。
愚かな空想が過るほど、あなたを愛していたのよ、アメリア。
(けれどもう、全ては過去のこと)
「――いいえ、これは毒などではないわ」
アメリアの腕に手を添え、抱擁を解く。
私を見下ろすピンクの瞳が困惑に揺らぎ、
「お姉様? ですが、証拠が目の前に……。銀食器が反応したのですよ?」
「けれど、あまりに"綺麗な"変色だと思わない?」
「それは……」
(やっぱりね)
言い淀んだアメリアにつられるようにして、ご令嬢方も「そういえば……」と疑念を口にする。
「直接見たことはありませんが、毒に反応したら黒ずむと教えられましたわ」
私は「ええ、そうです」と頷き、
「ですが私のハーブティーは御覧の通り、黒ずむのではなく美しい紫となっております。……エリアーナ様」
エリアーナがビクリと身体を跳ね上げる。
私は出来るだけ優しく微笑みかけ、
「こちらのハーブティーは、ファリダーラ国のものだとおっしゃいましたよね?」
「は、はい……っ! そのはずで……」
「安心しましたわ。……カップをお借りしますわね」
立ち上がり、エリアーナの横に立った私は彼女のティーカップに手をかける。
添えられていたティースプーンをハーブティーに漬けるも、変色はなし。
エリアーナがひゅっと喉を鳴らしたのが聞こえた。
けれど今は彼女のケアよりも、真実を明らかにする方が先。
私は手早く机上のレモンを手に取り、ハーブティーに落とした。
「……これが、"毒"の正体ですわ」
ティースプーンでかき混ぜたとたん、紫に変色を始めたハーブティー。
その場の全員が息を呑む。私はかき混ぜる手を止め、
「これが、"ファリダーラの姫君が心を奪われた"理由ですわ。以前、書物でレモンやライムなどを混ぜると色の変わるお紅茶があると読んだことがありますの。すっかり失念していましたわ」
私はにこりと笑み、カップに口をつけハーブティーを嚥下する。
「あら、レモンともよく合うハーブティーですのね」
カップを机上に戻した私は、瞳に涙をためたエリアーナの手をそっと包み込む。
「本日はレモンの使ったお料理も多いですし、何かの拍子にレモンの果汁がティースプーンに跳ねたのでしょう。おかげでこのように、書物でしか知り得なかったなんとも美しい変化を目にすることが出来ましたわ。簡単に手に入るものではありませんでしょうに、この日のためにと特別に用意してくださったエリアーナ様のお心遣い。本当に、感謝しておりますわ」
「ミーシャ様……っ!」
「ね、エリアーナ様。よろしければ、この素晴らしい庭園を案内してくださいませんか? まだまだ美味しそうなスイーツが沢山あるんですもの。お散歩をして、少しお腹を空けたいのです」
少女とはいえ、この場に集う者は貴族の子。
私のこの誘いがエリアーナを落ち着かせるためのものだと察したご令嬢が、「それはいいですね」と手を打ち、
「薔薇も見事ですが、ラベンダーも美しく咲いておりましたもの。ぜひ、ミーシャ様にもご覧になっていただきたいですわ」
「エリアーナ様、ぜひミーシャ様をお連れしてさしあげてください。私達はこちらでこのハーブティーをいただいておりますわ。ねえ、アメリア様」
アメリアは何かを言いたげに口を開いたけれど、ぐっと下唇を噛み、
「……はい。大変失礼な勘違いをしてしまい、申し訳ありませんでした。……お姉様を、よろしくお願いいたします」
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