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忘れていた優しい存在

 温かな感覚に、私は「ソフィー」とその名を呼ぶ。

 ポルケ・ソフィー。私が幼い頃から侍女として、あらゆる世話をしてくれている。

 歳は私よりも十五程上で、とにかく献身的に私に尽くしてくれる侍女だった。


 それは私が"悪女"となっても変わらず。

 ガブリエラの洞窟に赴く際も必死に止め、尚も折れない私にそれならばと同行してくれていた。


(あの時は馬車の中で待機させていたけれど、どうなったのかしら)


 と、私の心を読んだようにして、リューネが尻尾をひとつ振る。


「この女は見覚えがある。そなたが洞窟の中で断罪を受けている間、ずっと馬車の中でそなたの無事を祈っていた。帝国軍の騎士に扉を塞がれていたからな。そなたの死後は共謀の疑いで幽閉されたようだが、ガブリエラの巫女が皇后の座につくと、恩赦の名のもと解放されていた。その後は生家に戻っていたはずだ」


(幽閉……)


 そっとその頭を撫でると、ソフィーがはっと顔を上げた。


「申し訳ございません、お嬢様! お目覚めになられた喜びについ……! どこかお加減が優れないところはありませんか? まだお目覚めになられたばかりなのですから、座ってください。お水がよろしいでしょうか、それとも温かいお紅茶をご用意いたしますか?」


 恭しく椅子へと導かれ、腰を下ろす。

 ソフィーはふっと私の側を離れたもののすぐに戻ってきて、裸足だった私の足に柔らかなスリッパを履かせてくれた。


「お腹は空いておりませんか? 軽く摘まめるお菓子もご用意しましょうか。それとも、スープなどの軽食をお召し上がりになりますか?」


「ありがとう、ソフィー。紅茶とクッキーをお願いできる?」


「ええ、もちろんにございます。すぐにご用意して参りますね」


「あ、ソフィー。その前に」


 ぴたりと足を止めた彼女が「はい」と再び私の足下で膝を折り、私の片手を優しく包み込んでくれる。


「なんでございましょう、お嬢様」


(……あたたかい)


 優しい、労わる微笑みに、胸がじんわりと痺れる感覚。


(そうよ。アメリアだけじゃなかった。私には、こんなにも尽くしてくれていたソフィーがいたのに)


「あの、ね。私、どんな状況なのかしら。眠る前のこと、覚えていなくて……」


「まあ!」


 ソフィーは青白い顔で驚愕を露わにすると、じわりと滲んだ瞳を隠すようにして視線を落とし、包んでいた私の掌をそっと擦る。


「お嬢様は庭園をお散歩中に突然倒れられ、三日間、眠ったままだったのです」


「三日間も……!」


「お医者様がいうには、どこにも悪い箇所は見当たらないと。自然と目覚めるまで待つしかないとのことで、僭越ながら、私がお世話をさせていただいておりました」


「そうだったの……。面倒をかけたわね、ソフィー」


「! 面倒だなんてとんでもございません! お目覚めになられて、本当に安心いたしました……!」


 うっうっと泣き出してしまったソフィー。

 私は宥めるようにして彼女の肩を空いた手で撫でながら、「ありがとう」と繰り返す。


(ソフィーには、うんと優しくしてあげなきゃ)


 前の生では我儘ばかり言って、困らせてしまうことも多かったから。


「お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません。すぐにお紅茶とクッキーをお持ちいたしますね」


「ええ、お願いね。ソフィー」


 部屋を出る彼女を手を振って見送り、柔からな背もたれに「ふう」と背を沈ませる。

 ソフィーによって、私が目覚めたことは屋敷中に伝わるだろう。


(お父様とお兄様は、さぞかしがっかりされるでしょうね)


 愛しい妻の命を奪った赤子だと、私を恨む父。

 我儘で傲慢な妹などごめんだと、私を疎んでいる兄。

 二人が私を見舞いになど来るはずもないから、このままソフィーが戻ってくるまで着替える必要もないだろう。


「リューネはずっと私の側にいるの?」


「そうなるだろうな。そなたを回帰させるにあたって、その魂と私の存在を結び付けた。そなたと離れた行動も出来ないわけではないが、あまり離れていると結び付きが希薄になる」


「そう。なら、あなたの眠る場所もつくらないといけないわね。周りからは一見、そうとはわからないように。そうそう、精霊って何を食べるのかしら? 人の食べ物で代用できるといいのだけれど……」


「食事は必要ない。そなたが持つネシェリの魔力を、時折分け与えてくれればいい。今の私はそなたと契約した精霊だからな」


「ふうん。食事が必要ないなんて、精霊って便利なのね」


(精霊についても、改めて学んでおいたほうがようさそうね)


「――お嬢様」


 扉の外から聞こえた声は、どこか戸惑いを含んでいる。


「ソフィー? 早かったわね――」


 扉が開かれる。

 と、何も持たず暗い表情で立つソフィーの隣に、燕尾服をまとった初老の男性が一人。


「マークス」


 そう。彼は、当家の執事であるマークス。

 無愛想で、堅苦しくて。お父様の、忠実なる"目"。


「無事にお目覚めになられたようで、安堵いたしました」


(ちっとも思っていないくせに)


「そう、ありがとう。心配かけたわね」


 礼を告げる私が物珍しかったのだろう。

 マークスはぴくりと片眼鏡の奥で眉を動かしたものの、


「お目覚めになられたばかりで恐縮ですが、お客様がお見えになられております」


「私に?」


「アメリア・クランベル様が、お見舞いにと」


「!」


(アメリア! さっそくあなたに会えるのね……!)


「わかったわ。支度をするから、応接間でもてなしておいてくれる?」


「お嬢様!? お会いになられるのですか……!? まだ、つい先ほどお目覚めになられたばかりですのに……!」


 真っ青な顔で告げるソフィーに、私はにこりと微笑んで彼女を部屋の中へ招く。


「着替えを手伝ってちょうだい、ソフィー。大事な……そう、大事なお客様なのだから」

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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