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変色したハーブティー

「"ベルリール"の名を揚げようとしているのは、私よ」


「え……?」


「繊細な刺繍に、慣習に捉われない発想力。丁寧な裁縫に寄り添った仕立てと、その素晴らしさはいくらでも挙げられるわ。なのに圧倒的に、"運"が足りないのよ」


 私はにこりと微笑んで、


「私達にとって、ドレスは自身を示す手段の一つ。立場に見合うドレスを身に着けるのも、マナーのひとつであるという考え方に変わりはないわ。ただ、新しい考えを増やしたの」


「新しい考え、ですか……?」


「ええ。埋もれた才能を見つけだし、支援して押し上げる。彼らが正当な評価を得られるよう"道"を作るのも、力を持つ者の務めではないかしら。少なくとも私は、私の心を揺さぶった彼らの"運"になりたいと考えているわ」


「――っ!」


「素晴らしいです、ミーシャ様!」


(エリアーナ?)


 興奮の色を帯びた声と共に立ち上がったエリアーナは、たまらずといった風に手を打ち、


「まさしく目が覚める思いです……! なんて高貴ながら慈悲深いお考えなのでしょう。私、とても感動いたしました! 彼らにとって、ミーシャ様はまさしく幸運の女神なのですね」


(あら、エリアーナ。期待以上の反応をしてくれるのね)


 風向きが変わったのが、肌で分かる。

 そうなれたならいいのだけれど、と謙虚な微笑みを浮かべてみせれば、他のご令嬢も興奮に頬を染め賞賛を口にした。


(私の勝ちね)


 ちらりと見遣ったアメリアは、表情こそなんとか微笑みを保っているようだけれど、テーブル下に隠した手元はドレスをきつく握りしめている。

 私のいない二ヵ月間、さぞじっくりとご令嬢たちに取り入って、味方を増やしたつもりだったのでしょうけれど。


(ふふ、紅茶が美味しいわ)


 ご令嬢たちとドレスの話題に花を咲かせながら、レモンパイと紅茶をゆったりと楽しむ。


「そうでした、エリアーナ様」


 思い出したように無邪気な声を上げたのは、沈黙を保っていたアメリア。

 彼女は腹の内の屈辱など欠片も見せずに、


「本日は、特別なお茶があるのだとかおっしゃっていませんでしたか?」


「そうでした! 皆様、少々お待ちください」


(特別なお茶……?)


 まだ、何か仕掛けてくるつもりなのかしら。

 隣のアメリアはにこにこと愛想の良い笑みを携えたまま座していて、大人しくエリアーナが戻ってくるのを待っている。


(エリアーナと共謀しているということ? けれどエリアーナはさっきの様子からも、とても私を貶めようとしているようには……)


「皆様、お待たせいたしました」


 メイドを連れて戻ったエリアーナの声に、はっと彼女を見遣る。

 と、二名のメイドが私とアメリアの側に寄り、新たなガラス製のティーセットを用意した。

 ポットからお茶が注がれる。瞬間、驚愕に思わず息をのんだ。


「青い、お茶……?」


 悪戯が成功したかのように、エリアーナは「驚きますでしょう?」と嬉し気に頷き、


「先月、ファリダーラ国の一行が首都に滞在していらっしゃったのです。ご縁がありまして、ファリダーラの姫君が心を奪われたという、なんとも不思議なこちらのハーブティーを手に入れることが出来ました」


「ハーブティー……」


 たしかに立ち上がる湯気からは、レモングラスの爽やかな香りが。


(こんなお茶、一度目のお茶会では出されなかったわ)


 けれど、なぜかしら。

 どうにも妙な引っ掛かりが……。


「お姉様、いただかないのですか?」


 不思議そうなアメリアの声に、意識を引き戻す。

 見ればご令嬢たちにも青いハーブティーが注がれていて、好奇に満ちた彼女たちの視線は私とアメリアに注がれている。

 先に注がれたメインゲストの私達がまず口をつけるのが、自然な流れ。


(なにかしら。大切なことを、思い出しそうなのだけれど)


 ティーカップに指をかけながら必死に記憶を探っていると、アメリアが「お先にいただきますね」とエリアーナに笑み、ハーブティーを口にした。

 途端に朱に染まる頬。


「本当、見た目はこんなにも綺麗な青だというのに、味はすっきりとしたハーブティーのままだなんて……! 面白いハーブティーですね」


 あ、でも、と。

 アメリアはハニーポットからとろりと蜂蜜をカップに垂らし入れ、


「少し甘さを足したほうが、より美味しくなるように思います」


 ティースプーンをくるりと回し蜂蜜を溶かしたハーブティーを、もう一度口にするアメリア。

 やっぱり、と満足げに呟くと、私のカップにハニーポットを寄せ、


「お姉様もいかがですか?」


「……ええ、いただくわ」


 蜂蜜ひとつで、強情だなんて思われたくないもの。

 カップに蜂蜜を注いで、添えられていたティースプーンでかき回した、次の瞬間。


「お姉様っ!」


「!?」


 アメリアにパシリと叩かれた手。

 手の内から転げ落ちたティースプーンが、机上でカツンと金属音を響かせる。


「な……っ」


 なにを、と口を開こうとしたその時、


「毒です!」


「なんですって?」


 即座にカップへと視線を遣る。


「ハーブティーが、紫に……!」

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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