苦手な色のドレスを似合わせて
「それで、今日は相談があって来たのだけれど……」
その時、「失礼いたします」と一人の少女が現れた。
ヘレンよりも若い、十五歳程度の容姿をしている。
彼女はポットを乗せたトレーを手にしたまま私に頭を下げると、「お紅茶を、お注ぎさせていただきます」と告げた。
緊張の面持ちで手を僅かに震わせながら、私とヘレンのカップに紅茶を注ぐ。
「ありがとう」
笑んだ私に、彼女は顔を跳ね上げたかと思うと深々と頭を下げ、足早に店の奥へと通じる扉に消えていった。
……そんなに威圧的な微笑み方だったかしら。
「ご無礼をお許しください、ミーシャお嬢様」
ヘレンがすまなそうに頭を下げる。
「以前お話しました通り、私の店には平民の出身が多く、接客に関しても、まだまだ勉強中でして」
「心配ないわ。領地でもたくさんの平民の人達と関わってきたし、お友達も出来たのよ」
「へ? 友達って……その、平民の方とですか?」
信じられなそうにパチパチと瞬くヘレンに、私は「ええ」と首肯して、
「だから私相手に恐縮する必要はないわ。慣れているもの。とはいえ、今後を考えれば上級貴族相手のマナーも身に着けておいたほうが良いでしょうから……そうね。定期的に来させてもらおうかしら。私相手に練習しておけば、大抵の相手には物怖じしなくなるでしょう?」
「そんな、ミーシャお嬢様を相手に"練習"だなんて畏れ多く……っ」
「ヘレン」
ヘレンがぐっと押し黙る。素直な子。だからこそ、愛らしい。
私は注いでもらった紅茶に口を付けてから、
「上級貴族を相手に商売をしていきたいのなら、平民出身が多いからと下に見られることに慣れてしまっては駄目よ。この店の主はあなた。品物を提供するか否か、決めるのは客ではなくてヘレンなの。奪われるだけになりたくないのなら、誰が相手でも毅然とした態度で交渉できるようにならなきゃ。ヘレンのドレスには、それだけの価値があるわ」
ティーカップを置いて、茶褐色の瞳を見つめる。
「機会は与えたわ。選ぶのは、あなたよ」
ヘレンはぐっと衝撃を受けたような顔をして、戸惑いに瞳を彷徨わせた。
視線を落としたその頭には、様々な感情が渦巻いているのでしょうけれど。
(私は戦う気のない相手に無償の献身を捧げられるほど、優しくはないの)
「……ミーシャお嬢様」
机上に乗せられていた掌が、ぎゅっと拳を握る。
「ご提案を、ありがたく受けさせていただいてよろしいでしょうか。……この店は、私の夢だったんです。養子としてくれた義母を始め、数え切れないほど多くの方達にも、手を貸していただきました。私を信じて努力してくれているお針子たちの居場所も、なくしたくはありません」
決意に満ちた瞳が向く。
ヘレンは強い意志を宿らせ背を正し、
「ワタシは、この店をもっと大きな希望にしたい。ミーシャお嬢様、お力をお貸しください」
(戦うことを選んだのね)
「やっぱり、あなたを訪ねてよかったわ、ヘレン。……お願いがあるの」
ソフィーに目配せして、例の招待状をヘレンに渡してもらう。
「このお茶会に、ヘレンのドレスを着て出たいの」
「これは……ドレスコードが、"黄の色を取り入れること"、ですか。開催は……三日後っ!?」
驚きの眼を向けるヘレンに、私は頷く。
「ヘレンも知っての通り、私の注文していたドレスに"黄の色"はないわ。それに、黄の色のドレスは得意ではないの。既にあるドレスに、黄の色のリボンを足すでもいいわ。なんとか出来ないかしら?」
ヘレンは私と、招待状を交互に見比べた。
何度かそうしてから、きゅっと下唇を噛む。
「ミーシャお嬢様。少々お待ちいただけますか」
ガタリと立ち上がったヘレンは、駆け足で店の奥へと消えた。
突如の事態に私があっけにとられているうちに、戻ってくる。
「ヘレン、それは……」
彼女が手にしていたのは、真っ白なドレス。
軽やかなデザインのそれには銀糸の刺繍が散りばめられていて、動くたびにさりげなくキラキラとして美しい。
「相変わらず息を奪うほどに素晴らしい刺繍ね、ヘレン」
「お褒めいただきありがとうございます。他のお針子たちも、飛びあがる勢いで喜ぶはずです」
照れたようにして頬を掻いたヘレンは、再び表情を引き締め、
「ご注文いただいていた夏用ドレスの、二着目です。あと数か所刺繍を施したら完成なのですが、こちらをアレンジしてもよろしいでしょうか」
「ええ、構わないわ」
頷いた私に「ありがとうございます」と笑んだヘレンは、
「ミーシャお嬢様、そちらにお立ち頂いてもよろしいですか」
椅子から離れ、立つ。
と、ヘレンは私に倣って立ち上がったのだろうソフィーを見遣り、
「お手伝いいただいてもよろしいですか? こちらをお嬢様の前にあてがっていただきたいのです」
そう言ってソフィーにドレスを手渡したヘレンは数歩下がり、口元に左手を遣りながら、ぶつぶつと呟きはじめた。
その眼差しは真剣そのもの。脳内では、新たなデザインを描いているのだろう。
だから私も、黙って立ち続ける。
脳裏に浮かぶのは、この"黄の色"のドレスコードを記載させたのであろう少女。
(まさか、たったこれだけでやり返した気になっていないわよね、アメリア)
私がこれまで黄の色のドレスを着たことがないことなど、アメリアはとっくに気づいているだろう。
新しいドレスどころか新しいアクセサリー類にも、よく気が付く子だから。
三日という短時間では、新たに用意するにも簡単ではないことも承知しているはず。
一度目のお茶会では、ドレスコードの指定などなかった。
先日の殿下のパーティーで、殿下や他の招待客が私のドレスに関心を示していたのが悔しくて、意趣返しのつもりなのかもしれないけれど。
(残念ね。きっと後悔することになるわ)
刹那、ヘレンが口元から手を退いた。
「――ミーシャお嬢様」
赤褐色の瞳には、なにが見えたのだろう。
ヘレンは不安を漂わせるどころか、眼鏡の奥の瞳をきらきらと輝かせ、
「必ずや、ご満足いただけるドレスをご用意させていただきます。どうか信じてお任せください!」
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