仕掛けられた招待状
「お姉様! やっとお戻りになられたのですね……っ!」
初夏の輝かしい陽に負けない、その場の全ての視線を奪う笑顔で駆けて来たアメリアが、無邪気にぎゅむっと私に抱き着いた。
(そう。まだ、"愛らしい妹"を貫くのね)
最後に顔を見たルベルト殿下のパーティーでは、さぞ悔しい思いをしたでしょうから。
今回は早々に"愛らしい妹"の仮面を捨て、明確に対峙してくる可能性も考えたけれど。
(安心したわ。たったあれだけの屈辱でめげられちゃ、復讐のしがいがないもの)
私は彼女の知る"優しい姉"の顔で、アメリアの頭を撫でる。
「久しぶりね、アメリア。元気にしてた?」
途端、視線を上げたアメリアはくしゃりと顔を歪め、
「お姉様のことを想うと、毎日心が痛くて痛くてたまりませんでした……っ! 本当に、大変な間違いを犯してしまい申し訳ありませんでした、お姉様。私がきちんと貴族の女性らしく振舞えなかったせいで、まさかお姉様がこんな罰を受けることになるなんて……」
「気にすることないわ。罰とはいえ、私は自分の領地に行っていただけよ。実際、とっても楽しかったもの」
(面倒なことになったわね)
いくら領地での滞在が楽しかったとはいえ、三日を馬車に揺られ到着したばかり。
湯浴みをして、オルガとお茶をしたら、休ませてもらうつもりだったのに。
こうして訪ねてこられたら、お茶の一杯も出さずに追い返すわけにはいかないじゃない。
(事前に手紙ひとつなく訪ねてこれる図々しさは、見習うべきかしら)
仕方ないわね。
オルガには色々と助けてもらったし、お礼も兼ねて、今回も彼を招いてアメリアの相手を任せることにしようかしら。
「ひとまず、中に――」
「アメリア嬢」
促す私の言葉を遮るようにして発したのは、オルガ。
彼はすまなそうに眉尻を下げて、アメリアを見つめる。
「ミーシャはたった今、屋敷に到着したばかりでな。今日ばかりは、ゆっくりと休ませてやりたい。申し訳ないが、ミーシャとの茶会を希望ならば、日を改めてもらってもよろしいだろうか? 急ぎの要件があるようならば、俺が伺おう」
「!?」
私は驚愕を隠すことなくオルガを見上げ、
「お兄様、よろしいのですか?」
「ん? そんなに驚くようなことを言ったか? ミーシャの体調を優先するのは当然だろう」
(当然ではなかったから、驚いているのよ……!)
いくら彼が一度目とは異なる過保護な"兄"になったとはいえ、オルガはオルガ。
私に請われたわけでもないのに、こんなにも気の利いた申し出をしてくれるなんて。
絶句する私をどうとらえたのか、オルガは駄々をこねる子供に言い聞かせるようにして、
「ミーシャ、アメリア嬢が訪ねてきてくれて嬉しいのは分かるが、今日ばかりは許可出来ない。すまないが、聞き分けてくれ」
(いえ、渋っているのではなく、感謝しているのだけれど……)
「ありがとうございます、お兄様。では、甘えさせていただきますわ」
「そうか! なら、先に屋敷に入るといい。俺は――」
「あ、あのっ! お姉様、オルガ様!」
焦りを多分に含んだ呼びかけに、揃ってアメリアを見遣る。
と、彼女は急ぎひとつの封筒を手にして、
「これをお姉様に届けにきたのです」
「これは……お茶会の招待状?」
(まって、この封書には見覚えが……)
アメリアは肯定するようにして微笑むと、
「お姉様が領地に行かれている間に、エリアーナ様達と和解したんです。エリアーナ様がお姉様にも、改めてお詫びの場を設けたいとのことでしたので、私が代わりに届けに」
ああ、そうよ。
どうして忘れていたのかしら。
(さっそく仕掛けて来たわね、アメリア)
胸の奥底からぶわりとせり上がってきた感情は、歓喜かしら。
私は動揺を悟られないよう、丁寧に嬉し気な微笑みを浮かべ、
「まあ、そうだったのね。是非とも出席させていただくわ」
「でしたらそのように、エリアーナ様にお伝えしてきます。用事も済みましたし、お姉様の元気なお姿も見れましたので、私も今日はこれで失礼させていただきます」
後半はオルガを見遣りながら告げたアメリア。
さすがというべきか、その顔には純粋無垢な気遣いだけを感じる。
「それではお姉様、お茶会にてお会い出来ますのを楽しみにしてますね」
軽く膝を折って踵を返すと、アメリアは待たせていた馬車に乗り込んだ。
(よっぽどオルガとのお茶が嫌なのね)
噴き出してしまいたくなる衝動を奥歯を噛みしめ堪えながら、思考を手の内の招待状へ。
エリアーナが主催のお茶会。すっかり忘れていたけれど、一度目でも招かれた。
あの時はまんまとアメリアの策にはまって、"悪女"の噂をより強固にしてしまったけれど。
(今回はそうはいかないわよ、アメリア)
彼女の乗る馬車が門から離れたのを見送り、私はオルガに微笑みかける。
「屋敷に戻りましょうか、お兄様」
招待状の確認をして、記憶を整理しながら対策をたてなくちゃ。
それからドレスの準備と、アクセサリーも決めて……。
「ミーシャ」
「はい。どうされました、お兄様?」
オルガは「その……」と気まずそうにして頬を掻くと、
「馬車での長旅で疲れているミーシャに、ゆっくり休んでほしいという言葉に嘘はない。誓って嘘ではないのだが……その、一杯でいいから、俺とお茶をしてはくれないだろうか」
パチパチと瞬いた私は「まあ、お兄様」とクスクス零し、その腕に手を添える。
「湯浴みをして着替えたら、一緒にお茶をしてくださるお約束だったでしょう? もう忘れてしまったのですか?」
「! そうだったな! よし、俺も急ぎ準備をしなくては」
(よっぽど楽しみにしていてくれたのね)
わかりやすく浮足立つオルガのエスコートを受けながら、今度こそ屋敷に戻る。
美しく整えられた玄関ホールには、立ち並ぶ数名の使用人。「おかえりなさいませ、お嬢様」と頭を下げる形式的な姿に、ザハールの温かさが恋しくなるけれど。
("休息"はお終い。切り替えないとね)
オルガと「また後程に」と別れた私はソフィーと共に自室に向かい、手のうちの招待状に視線を落とす。
これはただの"謝罪のためのお茶会"ではない。
アメリアが私を陥れるために策を練り、待ち構えている罠まみれの狩場。
(一度目とは少し状況が変わっているけれど、どう仕掛けてくるのかしら)
まあ、いずれにしても。
「ひとまずは、見合ったドレスが必要ね」
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!




