本邸への帰宅と兄の出迎え
「ぜったいぜったい、また来いよな、ミーシャ!」
馬車に乗り込んだ私に手を振るシルクの目には、うっすらと涙の膜。
その後ろには、私のあげたドレスを着た妹のラナと彼らの母親が立ち、さらに後ろには村の子供たちに顔見知りの大人たち。
そして村長と、総出でのお見送りになっている。
開けた窓から「ええ、元気でまた会いましょう」と手を振り、私はシルクにちょっと意地悪に笑ってみせる。
「シルクからの手紙、楽しみにしているわ」
「言ったな? すぐに送ってみせるから、ちゃんと返事送ってこいよ? 忙しいからって忘れるのはナシだかんな!」
念を押すシルクにクスクスと笑みながら、「もちろんよ」と頷く。
ルベルト殿下の来訪をきっかけに、シルクは私がこの地を去るのだと強く実感したらしい。
――文字を、教えてほしい。
唐突に頼み込んで来たシルクは、真面目な顔で「ミーシャに手紙を書きたいんだ」と告げた。
それしか、私と繋がる手段はないからと。
その日から私は一文字ずつ、シルクに文字を教えた。
紙とペンもあげたけれど、シルクがもったいないと言うので、基本的には地面に枝で書いて。
まだまだ教えきれていないけれど、残りの講義はルーンにお願いしてある。
手紙を書いてくれたら、ルーンに渡してくれれば私に届くとも。
(本当に、ザハールに来て良かったわ)
と、反対の窓から「お嬢様」と声をかかった。
視線を遣れば、にこやかな微笑みを携えたルーンの姿。
「くれぐれも、お身体にはお気を付けください。またいつでもお帰りをお待ちしております」
帰ってきてもいいのだと。
ささやかな一言に居場所はあるのだと込めてくれたことが嬉しくて、私はじんと胸が熱くなるのを感じながらも微笑む。
「ありがとう、ルーン。……行ってくるわ」
(まさか、こんなにも寂しい気持ちになるなんて)
馬車に揺られながらぼーっと窓の外を見ていた私に、ソフィーが「大丈夫ですか? お嬢様」と気遣うようにして声をかけてくる。
「やはりもう少し、お戻りを遅くしてもよかったのでは」
「ううん、いいのよ。あまり長くいたら、それこそ帰りたくなくなってしまうもの」
あまりに穏やかで、美しく。常に乾いていた心が、知らずと満たされていく。
いまだかつて感じたことない居心地の良さを知ってしまった私には、本邸での生活がより苦痛に感じることは明らか。
(でも、それでも――)
***
「ミーシャ! よく戻った!」
本邸である屋敷の門前で馬車が止まった途端、久しぶりに聞く嬉し気な大声と共に扉が勢いよく開かれた。
悲鳴を飲み込むようにして口元を覆い、驚き固まるソフィー。
対して手紙のやり取りをしていた私は予想通りの展開に、扉を開いたその人に向かってにこりと涼やかな笑みを向ける。
「お出迎えありがとうございます。お兄様」
「なに、必ず出迎えると約束したからな!」
告げるオルガはいつから外で待っていたのか、赤らんだその顔にはしっとりと汗が浮かんでいる。
実をいうと、一度目での謹慎からの帰宅時も、大声のオルガに出迎えられた。
けれどもその声は今回のような嬉し気に弾むものではなく、怒りと侮蔑を込めた怒鳴り声だったわけだけど。
(本当、一度目の時とは天と地ほどの大違いね)
あの時、私の髪を掴み無理やり引きずりおろしていた手が、紳士としての丁重さをもって差し出される。
微笑んだ私がオルガの手を借りて馬車を降りると、優しく緩んだ眼差しで「長旅ご苦労だったな」と労わられた。
そのままオルガは、軽く腕を曲げた。
どうやら屋敷までの道をエスコートしてくれるらしい。
察した私がその腕に軽く指先を添えると、オルガが満足そうに朗らかな笑みを浮かべる。
「すぐにお茶の用意をさせよう。ああ、それとも先に着替えが必要か?」
歩き出したオルガの歩調は、私に合わせゆっくり。
「でしたら先に簡単な湯浴みと、お着替えをしてもよろしいですか? 心待ちにしていたお兄様とのティータイムですから、綺麗にしてから伺いたいですもの」
「そう気張る必要はない。楽な服で構わないぞ。……お父様も鉛中毒の件で、またしばらく不在だと言っていたしな」
告げるオルガの顔は、どこかすまなさそうにしょげている。
オルガには、自分の力不足で今回の謹慎を止められずにすまないと、手紙で何度も謝られた。
その都度、楽しい時間を過ごしているから気にしないでくださいとしたため続けたのだが、まだ負い目を感じているのだろう。
(良くも悪くも頑固なオルガらしいわね)
くすりと零した私ははたと気が付き、「お兄様」と歩を止める。
「ご紹介しなければならない方がおりますの。エルバード卿」
振り返って名前を呼ぶと、馬から降りたエルバードが歩を進めてきて頭を下げる。
「お兄様。お手紙でお伝えした、帝国騎士団護衛騎士のエルバード・ジャスタ卿ですわ。今回の旅で、とてもお世話になりましたの」
「驚いた。貴殿がエルバード卿だったのか」
「お知り合いですの?」
頭を上げてくれ、と告げたオルガに従い、エルバードが顔を上げる。
オルガは自身の顎先に指を遣りながら、エルバードをしげしげと見上げ、
「話したことはないが、彼はルベルト殿下の側によく控えているからな。それこそ、もう何年も前から。初めはあまりの若さに殿下が王室で冷遇されているのかと心配したものだが、二人の様子を観察しているうちに、彼にそれだけ実力があり、殿下も信頼されているのだろうという結論に至った。殿下は腹心の部下をミーシャのために送ってくださったのだな」
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!




