騎士になんてならないで
一度目の、私が話を聞かずに追い返し、本邸に戻った後。
この村では甚大な人的被害も確認されたと聞いた。
もしかしたら、その中にはシルクが。ラナが、彼のお母様が、含まれていたかもしれない。
(ごめんなさい、シルク)
許してほしいのは、私のほう。
けれどこの罪悪感は、私の胸の中に秘めておくべきことだから。
「ミーシャでいいわ」
シルクに掴まれた右手をぐいとひくと、「わっ、と!?」とシルクがよろめきながらも立ち上がる。
驚愕と混乱に包まれた顔がやっぱりおかしくて、私はその顔を下から見上げながら、
「私に跪く騎士になんてならならないで、シルク。あなたはあなたのまま、無鉄砲で無礼な、私の友達でいてちょうだい」
「友達……」
シルクは呆然と呟いたかと思うと、今度は歓喜に頬を緩ませ、
「ほ、ホントに? 友達だって思っていいのか!?」
「ええ」
「俺は貴族でもなんでもなくって、ただの平民なのに!? お嬢様に鳥の死骸を見せて湖に突入させたのに、友達になっていいのか!?」
「友達は階級で決めるものではないでしょ。それに、鳥の死骸ならこれまで何度もお皿の上で見ているわ。湖に入ったのは、私の独断よ。それと、私と友達になりたいのなら、"お嬢様"じゃなくてミーシャって呼んで」
「皿の上って……。薄々気づいてはいたけれどさ、ミーシャって実はかなりカッコいいよな」
「ありがとう。貴族の男は間違っても私に"かっこいい"なんて言わないから、嬉しいわ」
見つめ合った私達は、同時にぷっと噴き出した。
(軽口をたたいて笑い合える。これが、"友達"というものなのね)
シルクは「なるほど、確かに俺には無理だな」と目尻を拭うと、今度は対面から右手を差し出してきた。
先ほどのような、私を敬う相手のするそれとは違う。握手を求める仕草に、私も口角を上げて右手を差し出す。
「これからよろしくな、ミーシャ」
「ええ。私こそ、よろしくね」
繋いだ掌は私よりも少し大きくて、かさついている。
けれども確かに温かいそれに、私とシルクは揃って月を見上げた。
***
「……やはりお前を行かせて良かったよ、エルバード」
薄暗い執務室。この場にはいない手紙の差出人の名を呟いて、椅子の背もたれに沈む。
書かれていたのは、彼女のいるネルル湖で起きた事件。
水鳥が多数死亡した原因と思われる鉛中毒の調査依頼と、彼女と村長が結託した"悪巧み"の詳細が書かれている。
彼女は、村長にロレンツ公爵へ手紙を書かせたらしい。
水鳥が多数死亡する事件が発生し、お嬢様が怯えている。
あまりに憐れなので湖を捜索させたところ、小石を飲み込んだ水鳥が奇怪な動きをはじめた。
不思議に思いその場所を調べると、先日新しく仕入れた散弾銃の鉛玉が多数発見された。
確定はできないが因果関係が疑われるので、ぜひ、公爵のお力で調査をお願いしたい――と。
「あくまで自分の父親に花を持たせるか」
エルバードからの報告によると、彼女はこの村長からの手紙に信ぴょう性を持たせるため、彼女の兄に手紙を送ったらしい。
湖で沢山の鳥が死んでしまい、心を痛めている。
村長の話では、散弾銃の鉛弾が疑わしいとのこと。早く真実が明らかになることを祈ります、と。
(オルガのことだ。明日には俺に、調査を依頼する手紙が届くだろうな)
近頃すっかり妹に甘くなったと噂のオルガは、歳が近く公爵家の長子、そして婚約者候補であるミーシャの兄という立場もあいまって、幼い頃からそれなりに親しくしている。
頭が悪いわけではないのだが、勢いで動く節があるので、妹からのこんな悲痛な手紙を受け取れば確実に動くだろう。
彼女から俺に便りがないのは、少々不満だが。
頼った相手が兄であるオルガだったから、まだ納得できる。が。
「こちらは、いささかいただけないな」
指ではじいた紙面に書かれた、"シルク"という少年の名。
俺と同じ十二歳で、彼女が服を与え晩餐を供にし、"友"として側に置いている男。
「……面白くないな」
彼女のことだ。
エルバードが合流した時点で、その行動が俺に報告されることは承知済のはずだ。
("友"だから問題ないと判断したのか? なにをしようと、俺が関心を寄せることはないと?)
それとも。
特別な感情を持って、彼を側に置きたいと望んだのか。
「まったく、つくづくわからないな」
だから、面白い。
見上げた窓の外には、輝く星々。
そのきらめく色に彼女の色を重ねて、俺は手紙を放り捨てた。
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