怪異の正体と悪だくみ
「グラッグイフ」
発した私に、視線が集まる。
恐れにおののく村長を見つめ返し、私はにっこりと優美に微笑んだ。
「聖女候補ながら"悪女"と噂される私と縁ある領地ですものね。悪女ガブリエラの使役した伝説の怪鳥、グラッグイフが私に引き寄せられ目覚めたのだと考えるのも、無理のない話ですわ」
「そっ、そんなことは……っ」
「このまま放っておいて、被害が広まったらどう言い訳するおつもりだったんです? お父様……いいえ、ロレンツ公爵が、羽ひとつ無くグラッグイフの噂を信じ、許されるような方だとでも?」
「けして、そんなつもりでは……!」
「実態のない"グラッグイフ"の正体を暴き、公爵様の怒りから村を救ったシルクは、さながら村の英雄といったところですわね」
「まさか、原因がわかったのですか!?」
飛び上がらん勢いで訊ねる村長に、私は「そうですわね」と答え、
「まだ確定はできませんが、おそらくは。エルバード卿、例のモノをこちらへ」
は、と短く応えて、扉前に控えていたエルバードが小さなトレーを村長に差し出す。
「こ、これは……散弾銃の鉛弾、ですか」
「鉛中毒、ですわ」
「!?」
トレーに近づいた私は、その一つを摘まみ上げる。
「数年前、ワインを甘くするために用いていた酸化鉛の使用が禁止されたそうですね。また、化粧粉への使用も同様に」
「は、はい。皇室の研究団により鉛の毒性が判明してからは、皇帝より禁止令が出て……」
まさか、と息を呑んだ村長に、私は頷く。
「通常、狩猟にて散弾銃を使用し得た獲物はただちに処理され、その過程で鉛弾も取り除かれます。ですが"狩猟されなかった"生物はそうはいきません。……この鉛弾は、シルクとエルバード卿によってネルル湖で死亡した水鳥たちの体内から取り出されたものです。ここにはありませんが、溶けかけている弾も多数ありました」
シルクはわななく村長を見据え、
「水鳥は砂利を飲み込む習性があるだろ。消化を助けるためにさ。少し前、新しい狩猟銃が出たからって、大人たちがネルル湖で一斉に試し打ちをしただろ。ちょうどその時期と、水鳥たちが渡ってくる時期が重なったんだ」
次いでエルバード卿が口を開き、
「どの程度の散弾銃を使用されたのかは分かりかねますが、いくらネルル湖が広大な湖とはいえ、鉛が溶けては水にも影響が出るおそれがあります。今回は水鳥でしたが、いずれは魚や他の生物、そしてそれを口にする人間……あなたたちにも。出来る限りの回収をおすすめいたします」
「私達にも、影響が……」
真っ青な顔で震える村長の脳裏には、"最悪の事態"が浮かんでいるのだろう。
私は「ですから、言ったでしょう」と嘆息交じりに、
「シルクに感謝されてください。彼の"無鉄砲"さのおかげで、この村は救われたのですわ。いわば英雄でもある彼を、どうして罰する必要がありましょう」
無言のまま震える村長を横目に歩を進め、やっとのことでソファーに腰かける。
即座に用意された紅茶で喉をうるわし、「シルクのお母様」と穏やかに告げ、カップを置く。
「は、はいっ!」
「よろしければ今回の功績をたたえ、シルクとそのご家族を本日の晩餐にご招待したいのですけれど、ご予定のほどはいかがでしょう?」
「え!? 風呂と服だけじゃなくって飯もご馳走してくれんの!?」
「こら! シルク! お嬢様になんて口の利き方を……!」
「気にしませんわ。それよりも、ご都合が悪いようでしたら日を改めて……」
「へーきへーき! 華やかな毎日を送っているお嬢様とは違って、こちとら特別な予定なんてこれっぽちもないんだからさ」
「シルク……っ!」
女性は慌てたように嗜めるも、私と視線が合うと深々と頭を下げ。
「本当に、なんとお礼を申したら良いか……。マナーもよくわかりませんゆえ、無礼を働くやもしれませんが、謹んでお受けさせていただきます」
「ありがとうございます。ただ私が感謝の場を設けたいだけですので、マナーなどはお気になさらず、お気軽に楽しんでください。ソフィー、食堂でシルクとお母様にお紅茶と焼き菓子をお出しして。この後の詳細も伝えてもらっていいかしら」
「かしこまりました、お嬢様。では、ご案内いたします」
促すソフィーに、ふらふらと歩きだす女性。
私は「シルク」と声をかけ、
「せっかく素敵な姿になったのだから、しっかりお母様をエスコートして差し上げて」
「へーへー、承知いたしました。また後でなー」
ひらりと手を振って母親を支えはじめたシルクに、私は呆れ半分の笑みで手を振って見送る。
二人の姿が閉じられた扉の向こうに消えたのを確認して、私は「それでは、村長」と"悪女"な笑みを浮かべた。
「お座りください。ここからは、悪だくみの時間ですわ」
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