護衛騎士は主君の"星"を知る
(使用人と同じで良いと言ったのだが、客室を用意してくれたのか)
首都に比べれば素朴だが、充分に豪華な部屋。
綺麗に整えられたベッドの縁に腰かけ倒れ込むと、柔らかな感覚が身体を支える。
(気を遣わせてばかりだな。……予想外にも)
ミーシャ・ロレンツ。聖女候補でありながら公爵家で厄介者扱いされている、我儘で高慢なご令嬢。
密やかというには社交界で共通認識になりつつある彼女の噂は、この耳にも届いている。だが。
(どこまでが主君の読み通りなのだろうな)
脳裏に浮かぶのは、主君から今回の任を命じられた日。
主君は執務机に積まれた書類のひとつを手に、
「ミーシャ・ロレンツ嬢の謹慎に、護衛騎士として同行してこい」
「……私が、ですか」
「そうだ。お前がだ、エルバード」
書類から目も上げずに平然と言う主君に、俺はたいそう戸惑った。
「ああ、事前には伝えるな。公爵に突っぱねられてしまうだろうからな。出発直後に合流しろ」
「……私はなにか、主君の機嫌を損ねるような失態を犯しましたでしょうか」
「なぜそうなる?」
「適当な理由をつけて、私を遠くへおいやりたいのではないかと」
「相変わらず発想が豊かだな、エルバード」
主君はやっとのことで書類から目を上げ、
「せっかく見つけた"星"を、易々と傷つけられては腹立たしいからな。とはいえ俺の"転機"を知るのはエルバード、お前だけだ。よって、この任務はお前にしか頼めない」
(……先日の件は冗談ではなかったのか)
主君の洗礼を祝うパーティーから戻られた後、主君は「暴きたい"星"を見つけた」と嬉しそうに笑んだ。
相手は聖女候補であり、婚約者候補でもあるミーシャ・ロレンツ。
それまでも何度かお茶を交わしていたが、殿下はまったく興味を示さなかった。
それこそ、いくら分かりやすい好意を向けられてもだ。
なのに。
「エルバード、お前は毒が入っているとわかっているブドウ水を差し出されたら、飲むか?」
「……飲みません。状況にもよりますが、仮に口に含んだとて、飲み込まない努力をします」
「なら、毒が"入っているかもしれない"ブドウ水は?」
「……同じくです。可能性がある以上、飲むべきではありません」
(なんなんだ、この質問……)
「毒が入っているかもしれないブドウ水を、わざわざ飲む理由はなんだ?」
「そうせざるを得ないほどに切羽詰まった状況か、死を望む時でしょうか。または……毒が入っていないと、確信が持てた時」
「入っていたとて、大した害にならない場合も考えられるな」
さて、いったいどれだったのか。
主君のその呟きを聞いて、やっとのことで思い至った。
「まさか、ご令嬢は毒を飲んだのですか」
「状況からすれば、"毒が入っているかもしれない"だったが……」
殿下はくっと口角を上げ、
「俺の知る限りでは、彼女は他者を信じるような性格ではなかったはずなんだがな。ああも躊躇なく、一思いに飲み干せたのはなぜなのだろう」
「っ、主君を祝うパーティーで倒れれば、主君の関心を得られると考えたのではありませんか。ご令嬢は、主君をたいそう好いておられますから」
「選択肢のひとつとしては悪くないが、可能性は一番低いだろうな」
「なぜです?」
主君は窓越しに、星の輝く夜空を見上げる。
「俺への好意が一切なくなっていた。それはもう、"不自然なほどに"きれいさっぱりと」
「……それで喜んでいるのですか」
「そうともいえるし、違うともいえる」
殿下はやはり楽し気に笑みながら、
「一度抱いた感情を、僅かの未練も残さず、ああもなかったかのように捨て去れるものなのだろうか。たった十の少女が。それに……彼女はあまりに変わった。態度も、気配も、まるで違う。ほんの数か月前に会った時とは、別人のようだ」
面白いとは思わないか、と。
深まった夜の闇を背にして、ルビーレッドの瞳が弧を描く。
「彼女に何があったのか。今、その内には何が隠されているのか。……考えれば考えるほどに答えが見つからない。こんな気分は、久しぶりだ」
ぞくり、と。齢十二の少年とは思えぬ猟奇的で妖艶な笑みに、肌が粟立つのを感じた。
そして理解した。主君はまったく新しい"玩具"を見つけたのだと。
だが、ただの暇つぶしの"玩具"相手に、ここまでの配慮はしないだろう。
(まさかとは思うが、"玩具"ではなく本気で――?)
「ああ、エルバード。必要のない忠告だとは思うが」
記憶ではない、眼前の主君は椅子に背を預けて、私を見上げる。
どこかからかうような、そして、決して許さないと釘をさすような。
「お前も"星"に魅了されないようにな」
(言われずとも、そんな可能性は微塵もないと考えていたが……)
「なるほど。主君が気にかける理由が少しわかりました」
心地よい寝具に身を預けるようにして目を閉じると、彼女の姿が浮かぶ。
道中、何度も私に声をかけ気に掛ける、心配げな顔。
公爵家の使用人を信頼する、気丈に伸びた背。
眠らない私に怒りを覚えながらも、人間だと諭す唇。
そして――。
「私は多くの者に嫌われているはずですから」
諦めと悲しみが混ざった、切なげな瞳。
「あれで十歳だと?」
気の回し方も交わす言葉も、まるでとっくに社交界を知る"公爵令嬢"のそれだ。
殿下の護衛として見ていた彼女とは、明らかに違う。
(彼女になにがあった?)
興味が沸いて来る。
だがあの赤い目が、この感情を主君への忠義に変える。
「ご心配は不要です、主君。私の全ては主君のもの」
掌を胸の上に乗せれば、どくどくと伝わってくる生の証。
「この命を救ってくれた貴方様のために、最高の手土産を持ち帰れるよう、尽くしましょう」
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