面倒な護衛騎士は効率的に使いましょう
「さて、説明をしていただけるかしら、エルバード卿。ルベルト殿下はいったい何をお考えなのかしら」
昼食後。応接室で食後の紅茶をいただきながら、私はエルバードを対面に座らせ説明を求める。
彼にも食事を勧めたけれど、護衛騎士の身だから他の使用人と同じように扱ってほしいと断られてしまった。
騎士団の制服に身を包んだエルバードは、見た目からして騎士というには若いように見える。
気になり道中に話を聞いてみれば思った通り、私の七つ上でしかない。
十七歳。騎士団に所属していてもおかしくはない年齢ではあるけれど、通常ならば、まだ新人といった扱いのはず。
殿下の直属となるには早いように思えるけれど……。
(エルバードから渡された殿下の書状は本物だわ)
一度目では彼と関わった記憶はない。
というか、前回の私はルベルト殿下以外の男性に興味がなさすぎた。
(こんなところで影響が出るなんて)
「事前に連絡もなく、不意打ちのような形での同行となってしまい申し訳ありません。ですがそれも、ルベルト殿下のご指示でして……」
「殿下が?」
「はい。事前に知らせたらなら必ず断られるだろうからと、出発直後の同行をご命令なさいました」
「…………」
(私が断れないように、策を講じたってこと?)
「殿下はひどく心を痛めておられました。自分がミーシャ様に処罰を委ねてしまったがために、このような理不尽な罰を受けさせてしまったと」
「……殿下の責任ではありませんわ。それに、罰とはいってもここは当家の領地です。私からすれば、息抜きのようなものですわ。それに、護衛の者も連れて来ています」
「失礼ながら、たった二人ではあまりに少なすぎるかと。それに、彼らはせいぜい見張りが主で、実際の戦闘経験はないのではありませんか」
「っ!」
(気づいていたのね)
今回の移動にあたって、同行してきた使用人はマークスが選抜し、お父様が許可した人間だけ。
つまるところ、私に付けてやってもいいと判断した人たちだということ。
(本心では、護衛すらつけたくなかったはずだわ)
それでも最低限ながら二人の護衛を許可してくれたのは、対外的な公爵家の名誉を守るため。
「……殿下は、どこまでご存じなのかしら」
「殿下のお心は、私にも推し量りかねます。ですが殿下は、ミーシャ様をたいそう心配しておいででした。無礼ながら、殿下の心配は杞憂ではないかと疑っていたのですが……さすがは殿下。的確なご指示でありましたね」
ミーシャ様、と。
エルバードはソファーから立ち上がったかと思うと、私の傍らで片膝を付く。
「公爵家でどのように扱われていらっしゃるのか、私には分かりかねます。ですが、ミーシャ様は聖女候補のひとりであり、ルベルト殿下のご婚約者候補として正式に発表されたのです。ましてやロレンツ公爵家のご令嬢。今後は、これまで以上に危険を呼び寄せるとお考えください。必要であれば、待遇を改めるようルベルト殿下から公爵に書状を出していただくことも……」
「ご忠告感謝するわ、エルバード卿」
制止の意図を的確に汲み取ったエルバードが、口を噤む。
私とお父様の不仲は、社交界でも有名な話なのだろう。
まさかそれを、殿下が気にかけてくれるとは思わなかったけれど。
「ルベルト殿下のご厚意を無下にするわけにはいきませんから、領地に滞在の間はエルバード卿にもお世話になります。ですがそれ以上のことは、不要ですわ」
「……出過ぎた真似を、失礼いたしました」
「いいえ。エルバード卿が私の身を案じてご提案くださったのは、理解しています。……ありがたく思っていますわ」
私は気にしていないと微笑み、
「ルベルト殿下に私的な書状を懇願できるなんて、エルバード卿は殿下と仲が良いのですね。信頼されている、といったほうが正しいのかしら」
「そうであってほしいと願うばかりです。私の心臓がこうして動いているのは、ひとえにルベルト殿下のお陰ですから。殿下は私の全てにございます」
(ふうん? 随分と若い護衛騎士だと思ったけれど、なにやらワケありのようね)
でも、今はまだ深追いすべき時ではない。
(おそらく彼は私の護衛というだけではなく、監視役でしょうね)
私が彼の前で発した言葉、態度。
全てがルベルト殿下に筒抜けになると考えたほうがいい。
「エルバード卿」
私は出来るだけ無垢な微笑みを浮かべ、
「今回の任務がエルバード卿にとって、良い休暇となることを祈りますわ」
そう言って、言外に『手を抜いていいですよ』と伝えたつもりだったのだけれど……。
「エルバード卿、これは一体どういうことでしょうか……?」
時刻はそろそろ就寝しようかなという頃。
寝る前に身体を温めるホットミルクをソフィーに頼もうと、部屋の扉を開けた瞬間。
「ご用ですか? お嬢様」
当然の顔でしれっと立っていたのは、紛れもないエルバード。
「なぜここに立ってらっしゃるんですか、エルバード卿。お部屋を用意したはずですが」
「お嬢様の護衛として、夜警は当然の任務です。どうぞ、お気遣いなくお休みください」
「まさかとは思いますが一晩中ここで立っているおつもりですか? 別荘までの道中もろくに休まれていなかったでしょう!」
「座ったまま身体を休める訓練も、立ったまま体力を温存させる訓練も受けておりますので、ご心配には及びません。実際、これまでもルベルト殿下の護衛として立たせて頂いております」
(まったく、聞く耳を持たないんだから……!)
「……ルーン」
今一番に必要な彼の名前を呼んで、私は再びエルバードを見上げる。
「エルバード卿。ここはロレンツ家領地の館であり、現在のここの主人は私です。ルベルト殿下ではありません。私の意志を否定するのでしたら、首都へお戻りください」
「それは……!」
エルバードが焦りを浮かべた刹那、ルーンが現れた。
「お呼びでしょうか、ミーシャお嬢様」
「悪いのだけれど、当館の夜警番のひとりを私の部屋の前に置いてくれるかしら。ルベルト殿下が随分と心配性のようなの」
「それはそれは、かしこまりました。直ちに配置させましょう」
「ミーシャ様! 万が一が起きた時にここの者では……!」
「エルバード卿。あなた少々、ロレンツ家を見くびりすぎておりますわ。たしかに屋敷から連れ立った者はエルバード卿から見ればひよっこでしょうが、それでも公爵家に雇用された者たちです。それに、当館だって。ここで働く者たちは皆、ロレンツ家が選抜した優秀な者たちばかりですわ」
私は「それに」と腕を組み、
「私、今回の滞在では、思いっきり休暇を楽しむつもりですの。出かけたい所も沢山ありますわ。私の身を案じてくださるのなら、外出時は必ず同行してください。……私は多くの者に嫌われているはずですから、警護の手薄な外出中に狙われる可能性のほうが高いはずです」
「ミーシャ様……」
(どうせ護衛としてくっついてくるのなら、効率的に使わせてもらうわよ)
「そういうわけですので、夜は当家の者に任せてしっかりお休みください。いくら訓練を受けていても、エルバード卿は人間です。有事の際、寝不足を理由に護衛の勤めを果たせずでは、ルベルト殿下に顔向けできないでしょう」
「…………」
(ちょっとキツイ言い方になってしまったけど、今回ばかりは仕方ないわよね)
と、「ミーシャ様」とエルバードは片膝を床につき、
「自分しかいないと思い上がり、考えが至らなかった無礼をお許しください。ミーシャ様のお手を煩わせる前に、ルーン殿に相談すべきでした」
「わかってくださったのならば、謝罪は必要ありません。明日からまたよろしくお願いいたします」
「は、帝国騎士団護衛騎士の名にかけ、ミーシャ様をあらゆる危害から守り通すと誓います」
途端、「ほっ、ほっ、ほ」と微笑ましそうな笑い声。ルーンだ。
彼は皺の入った目尻を誇らしげに緩め、
「ご立派に成長なさいましたね、お嬢様」
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!
(来週から毎日更新ではなくなります……! すみません!)