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領地への出立と護衛騎士

「ミーシャ、必要な物はちゃんと持ったか? 俺への手紙を忘れるな。体調がおかしいと思ったら、すぐに医者を呼べ」


「ありがとうございます、お兄様。お約束しますわ。お兄様も、お身体にはお気をつけて」


 ザハール地方。ロレンツ家の領地の一つで、首都にある屋敷からは馬車で三日ほどのところにある。

 緑豊かな自然が美しいそこは、周囲に商店などはなく。農耕と狩猟に励む人々が助け合って暮らしている。


 いわば田舎である領地での謹慎を命じられたのは、一度目も同じ。

 あの時の私は、不当な処分だとひどく荒れたものだけれど。


「二ヵ月間のんびりできると思うと、楽しみね」


 アメリアの相手をしなくて済むし、今の私はルベルト殿下とのお茶会にも興味はない。

 正式なお披露目がされたことで舞い込むだろう、他の貴族からの義務的なお茶会にも、本格化するお妃教育にも参加しなくていいわけだし。

 正直なところ、こんなにも気分のいいことはない。


(お妃教育といえば)


 一度目の私は、テネスの花について教えられていなかった。

 けれども私が断罪されたあの時、アメリアは確かに"十歳の講義で教えられた"と言っていた。


(アメリアが嘘をついていたのか、教師をたぶらかして共謀していたのか。確認する必要があるわね)


 私が領地にいる間、今回のパーティーで失敗したアメリアはきっと、私を貶める次の策を講じているに違いない。

 何を仕掛けて来るつもりなのか、気にはなるけれど……。

 多数の令嬢の前であれだけ派手にやらかしたら、しばらくは大人しくしているはずだわ。


「そういえば、お嬢様」


 一緒に付いて来てくれたソフィーが、対面の座席で微笑ましそうに笑む。


「お嬢様がザハールへおいでになるのは、五年ぶりにございますね。領地の別荘の者たちもはりきって準備しているそうですよ」


「五年……もうそんなに経つのね」


 五歳の夏、私はお父様に連れられ、ザハールの別荘に初めて訪れた。

 いつも厳しいお父様が、初めて自分を連れて来てくれた。

 その事実に浮かれていた私は、到着してすぐに自身の勘違いだったのだと思い知る。


「一か月、屋敷には戻ってくるな」


 そう言い残して、お父様は帰ってしまった。

 私は厄介払いされたのだと。

 悲しくて、みじめで、腹立たしくて。ザハールの別荘で暴れまわった。


(五歳の時だけではなかったわね)


 一度目の時の、今回も。五歳の頃と似た心地で荒れていた私は、好き勝手振舞った。

 別荘の使用人は皆、暴れ怒鳴り、館に引きこもる私に怯え。

 腫れ物に触るような態度で接していた。


「……ザハールの皆は、私に来てほしくないでしょうね」


「そんなはずありません! 今回の来訪を伝えた時だって、心からお嬢様を待っているのだと文面からでも伝わってきましたもの!」


「ふふ、ソフィーがそう言ってくれるなら、信じちゃおうかしら」


(まあ、二ヵ月もあるわけだし、今回の私は状況が違うし。少しくらいは挽回できるといいのだけれど……)


「これからの季節ですと、気温が上がってくる頃です。ザハールの館からは美しい湖が望めますし、涼やかで丁度いい……あら?」


「どうかしたの? ソフィー」


「いえ、なんだか外が騒がしいような……」


 その時だった。

 コツコツ、と馬車の窓が鳴った。


 当然、馬車は走っている最中。

 私とソフィーが確認するようにして顔を見合わせると、もう一度、コツコツと音が。

 すると、


「失礼! ミーシャお嬢様に一言ご挨拶申し上げたく。カーテンを開けてはいただけないでしょうか」


 張り上げる声に何事かと、目隠しになっていたカーテンを開ける。

 途端、黒い髪をなびかせ馬で並走する、青年が現れた。

 見覚えのある、帝国騎士団護衛騎士の制服。彼は黒い瞳で私を見遣ると、


「我が主君ルベルト皇太子殿下の命により、お嬢様の護衛騎士として付かせていただきます、エルバード・ジャスタと申します。このような挨拶で申し訳ありませんが、首都に戻られますまでの間よろしくお願いいたします」


「……はい!?」



***



「お待ちしておりました、ミーシャお嬢様。長旅お疲れ様にございます」


 ザハールの別荘についたのは、屋敷を発って三日目の昼過ぎ。

 迎え入れてくれた別荘の使用人たちの先頭に立つのは、この館の管理人であり、執事であるルーンだ。

 子供の頃の記憶よりも皺の増えた顔に、私は懐かしさを覚えながら微笑みかける。


「久しぶりね、ルーン。突然のことでごめんなさい。二か月間、世話になるわ」


「とんでもございません、お嬢様。我々はいつでもお嬢様をお迎えできますよう、最善を尽くしております。首都とは異なりますゆえ、少々不便な点は否めませんが、どうぞお気軽にお過ごしください」


(マークスとは大違いね)


 屋敷の、お父様の片腕でもあるマークスの無愛想な顔が脳裏に浮かぶ。

 あの人はお父様の忠実な"犬"でもあるから、お父様と同じように私を疎んでいるのだろう。


(ま、直接的な嫌がらせはしてこないぶん、さすがは"優秀な"使用人よね)


「お食事の準備が整っておりますが、まずはお部屋にてお休みになられますか?」


「いいえ、せっかくだからいただくわ。お腹がペコペコなの。それと……」


 私はちらりと後方に立つエルバードを見遣り、


「道中でルベルト殿下の送ってくださった護衛騎士が、一名増えたの。彼の部屋も用意してもらっていいかしら」

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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