私を憎んでいるお父様
「いったい何が目的なの!?」
湯浴みを済ませ、寝衣に身を包んだ私は、自室のベッドに飛び込み突っ伏する。
せっかくアメリアを出し抜いていい気分だったのに、ルベルト殿下の意味不明な"悪戯"で全て台無し。
あんな、大事な令嬢を扱うような態度で接してくる人ではなかった。
あんな……思わせぶりな瞳で、触れてくるような人ではなかった、はずなのに。
目だけでちらりと見遣ったのは、口づけを落とされた指先。
(いいえ、騙されてはだめよミーシャ。あの男の本性は知っているでしょう)
瞼を閉じれば簡単に思い出せる、私を貫いた冷酷な瞳。
憎しみと悲しみを混ぜ合わせた赤い双眸を、そう簡単に忘れられるはずがない。
指先の感覚を振り払うようにして、枕元で丸くなり鼻をうずめていたリューネに手を伸ばして撫でる。
ふわりと柔らかくも、指通りのいい感覚が心地いい。
好き勝手に指先で梳いていると、突如リューネが「思い出した」と顔を上げた。
「ん? なにを思い出したの? リューネ」
「そなたを貫いたあの男。時折ふらりとあの洞窟に現れては、そなたの埋葬された箇所に花を一輪添えていた」
「え……?」
「そうだ。間違いない。そなたがあの洞窟に葬られた後、訪れたのは侍女の女が一度、そして残りはあの男だった。頻繁ではないがな。あの娘……ガブリエラの巫女に完全に魅入られるまで、一年に一度は訪れていたはずだ」
「ルベルト殿下が……?」
どうして。
私を憎み、嫌い、"悪女"だと斬り捨てたのは、間違いなく殿下なのに。
(罪滅ぼしのつもり? 疎んでいたとはいえ、婚約者候補として数年を過ごした情けかしら)
「――お嬢様。起きていらっしゃいますでしょうか」
「ソフィー?」
遠慮がちなノックに「入っていいわよ」と告げると、ソフィーは悲し気な顔で入室してくる。
ただならぬ様子に私は身体を起こして、
「なにかあったの?」
「それが……」
ソフィーはぎゅっと胸前で自身の両手を握りしめ、
「旦那様がお戻りになられました。本日の件についてお話がしたいと、お呼びでございます」
「! お父様が……!」
***
「お呼びでしょうか、お父様」
ソフィーと共に手早く簡単な着替えをすませ、久しい執務室の扉をノックする。
「入りなさい」
(本当に帰ってきたのね)
厳しい声。怯みそうな足に力を入れ、「失礼いたします」と扉を開ける。
「ミーシャ!」
「! お兄様」
予想外の姿に目を丸めると、オルガは私の両肩を支え、果敢にもお父様を厳しい目で見遣った。
「何度も説明させていただきましたが、ミーシャに非はありません。既にルベルト殿下にもお許しをいただいております。信用できぬようでしたら、直接殿下にご確認を――」
「オルガ」
咎めるような苛立った声に、オルガがぐっと言葉を飲み込む。
「話は聞いた。お前は戻れ」
「ですが……!」
「お兄様」
私はそっと、オルガの手を優しく外し、
「ありがとうございます、お兄様。お兄様もお疲れでしょうから、もうお休みください」
「ミーシャ、俺は……っ」
「私なら、大丈夫ですわ」
「……っ、わかった」
ぎゅっと目を閉じたオルガが、「失礼いたします」と頭を下げて部屋を出る。
訪れる静寂。息苦しい重圧感に、どくりどくりと心臓が胸を打つ。
オルガと同じ、茶色の髪。
オレンジがかった瞳が、侮蔑を込めて私を見下ろしている。
(オルガがあそこまでお父様に食い下がってくれるなんて)
嬉しい気持ちもあるけれど、これで確信した。
この後、私に起きるだろう事を。
「……お戻りをお待ちしておりました、お父様」
恭しく淑女の礼をとるも、お父様は無言のまま。
ただ、嫌悪の色を濃くするばかり。
無理もない。お父様にとって私は、愛する妻を殺した罪人。
彼女の命と引き換えに生を受けたばかりか、よりにもよって、異質な髪と瞳の色で彼女の不貞を噂させた火種でもあるのだから。
(相変わらずね、お父様)
領地の一端で反皇帝派による紛争が起きたからと家を出たのは、もう三か月も前のことだっただろうか。
公爵家の当主であり、聖女候補の娘が正式にお披露目されるパーティー。
通常ならばなんとしてでも参加すべきだろう今夜にも、当然のごとく、不参加だった。
(このタイミングで帰ってこれるのなら、調整できたでしょうに)
「……殿下を祝するパーティーで、騒動を起こしたそうだな」
「……騒動というほど大きなものではありませんでしたし、首謀者は私ではありません」
「言い訳など聞きたくはない」
お父様はぎろりと私を睨みつけ、
「事実として無礼な騒動が起き、お前がいた。アメリア嬢など泣いていたというではないか。偉そうに他家の令嬢に罰まで下し、自身はのうのうと過ごせるなどと思ってはいまいな」
(まったく、アメリアを可愛がるところも変わらないわね)
お父様はアメリアを聖女だと信じている。
なぜなら彼にとって、罪人であるはずの私が聖女だなど、万が一にもあってはならないことだから。
(……私を殺すのなら、お父様だと思っていたけれど)
本当は殺してしまいたいほど恨んでいるくせに、私が聖女候補でありルベルト殿下の婚約者候補であったから、手を出せなかった。
十六歳に訪れる審判の日まで、私を危険にさらすということは、皇室への反逆と見なさるから。
(私が死んだと聞いて、さぞ悔しがったでしょうね)
その手で仇を取れなかったと。
それとも、わざわざ自ら手を下さずにすんだと、喜んだのかしら。
どちらにせよ、悲しみなど雫一滴分もなかったに違いない。
「……私はルベルト殿下の意に沿ったまでにございます」
「黙れ。経緯などどうでもいい」
お父様は苛立ったようにしてバンッ! と机を叩き、
「ザハール地方に行け、ミーシャ。二ヵ月の謹慎を命じる」
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!